世界遺産登録から10周年を迎える石見銀山に行ってみませんか?

石見銀山・龍源寺間歩(1)

世界に流通した石見銀を産出した石見銀山の鉱山跡。鉱山町の街並みや銀を積み出した港などの関連施設も含めて世界遺産に登録されました
(2012年11月撮影)

1993年に法隆寺、姫路城、白神山地、屋久島が登録されて以来、少しずつ日本国内にも増えてきている世界遺産。2017年現在、4つの自然遺産と17の文化遺産が日本国内で登録されています。

そんな世界遺産の一つ、石見(いわみ)銀山は、戦国時代から江戸時代にかけて日本を代表する銀鉱山として世界中に名前を知られた場所。銀山の坑道や銀山で繁栄した当時の面影を残す素敵な街並みが現在も残っています。

今回は2007年に世界遺産に登録されてから10周年を迎える石見銀山と周辺の史跡について、見どころとアクセス方法などをご紹介します。

 

世界の貿易を席巻した「石見銀」を産出していた石見銀山

石見銀山の全体図

石見銀山の全貌がわかる案内図。右側真ん中の白い部分に古い町並み、中央上に銀山があります。一番上には銀を積みだした港がある日本海も描かれています(2012年11月撮影)

石見銀山Yahoo! 地図情報)は、島根県のちょうど真ん中付近にあたる大田市にあります。

戦国時代に開発が始まり、江戸時代にかけて良質の銀がここから大量に産出されました。日本国内では大名や幕府の資金源となり、また世界各国との貿易に使われ「石見銀」として世界中へ流通していきました。

その後、銀の産出量が減ってしまったことから、銀山は大正時代に休止してしまいましたが、鉱山開発の伝統的技術の痕跡が現在に至るまでそのまま残されたことから産業遺跡としての評価が高まります。

さらに銀山で産出した銀を港まで運ぶ道や、港となった温泉津(ゆのつ)の街並みも含めて、鉱山がもたらした繁栄の跡を現在でもたどれることから、世界遺産として後世に残すべきと判断され、2007年7月に世界文化遺産として登録されました。

 

石見銀山世界遺産センターで、石見銀山のことを知る

石見銀山世界遺産センター

世界遺産登録後に整備された「石見銀山世界遺産センター」。見学に訪れた人たちの拠点として石見銀山に関する様々な情報を入手することができます(2012年11月撮影)

それでは石見銀山に出かけてみましょう。

石見銀山が世界文化遺産に登録後、銀山の近くに「石見銀山世界遺産センター」が整備されました。ここでは石見銀山に関する様々な情報を入手することが可能で、広い駐車場が整備されていますし、路線バスも止まる石見銀山見学の拠点です。

まずはここで石見銀山の概要を理解してから、それぞれの見学ポイントへ向かいましょう。
龍源寺間歩へのアプローチには自転車などが便利

大森地区から龍源寺間歩へは徒歩で45分ほどかかります。ゆるやかな上り坂なので、電動アシスト付き自転車がお薦め。その他、ベロタクシーも利用可能です(2012年11月撮影)

なお、石見銀山世界遺産センターから、銀山の坑道跡である龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)や、古い町並みが残る大森地区の街並みまでは2~3kmほど離れています。

大森地区まではバスが頻繁に運行されていますが、大森地区から先、龍源寺間歩までは遊歩道を45分ほど歩いて行く必要がありますので、大森地区にあるレンタサイクルのお店で自転車を借りると良いでしょう。

ちなみに龍源寺間歩まではゆるやかな上り坂が続きますので、電動アシスト付き自転車がお薦め。その他、ベロタクシーを利用することもできます。

 

江戸時代の銀山の坑道跡に入れます

石見銀山・龍源寺間歩への道

銀山川沿いの道を進んで、龍源寺間歩へ。ガイド訪問時は秋でしたので、紅葉も望めました(2012年11月撮影)

大森地区から、案内に従って銀山川沿いの木に囲まれた道を進んで行くと、龍源寺間歩へ到着します。間歩(まぶ)というのは鉱山の掘り口のことを指し、石見銀山内にもたくさんの間歩がありました。
石見銀山・龍源寺間歩(2)

石見銀山で唯一、観光客の見学が毎日可能な龍源寺間歩(2012年11月撮影)

龍源寺間歩は江戸時代に開発された銀山の坑道で、石見銀山の中で観光客の見学が毎日可能な唯一の坑道です。坑道の中に入ると掘られた当時の痕跡がそのまま残っている中を歩くことができます。
石見銀山・龍源寺間歩(3)/坑道

龍源寺間歩の坑道。途中には人ひとりがギリギリ通れる幅の所もあります(2012年11月撮影)

歩ける部分はごく一部ですが、最盛期にはかなり地下深くまで採掘が行われていたとのこと。片道通行で新坑道を通って外に出た後は、坂道を下って龍源寺間歩への道に戻ることができます。
石見銀山・鉱床断面図

石見銀山の鉱床の断面図。左側の龍源寺間歩の位置を見ると、かなり深くまで掘られていたことがわかります。一番大きな大久保間歩は図の右上に位置しています(2012年11月撮影)

ちなみに石見銀山には大小あわせて700以上もの間歩があり、代官所直営の間歩が龍源寺間歩を含めて5つありました。そのうちの一つ、大久保間歩は石見銀山最大の坑道なのですが、期間限定かつ人数限定で見学ツアーが組まれます。時期をあわせて予約してツアーに参加してみるのも良いでしょう。

続いては、江戸時代の鉱山町の街並みが残る場所と、銀を積み出した港町を訪ねてみましょう。温泉もありますよ。次ページに続きます。