「あなたを知ってもの想う。」両想いが故のせつなさ
権中納言敦忠(906-943) |
Si je les compare
au sentiment que j'éprouve
après vous avoir vue
mes tourments d'un autre temps
me semblent insignifiants (Le Moyen Conseiller Surnuméraire Atsutada)
(逢ひ見ての のちの心にくらぶれば 昔はものを 思はざりけり/権中納言敦忠)
「昔はものを 思はざりけり」。何度聞いても、ため息がでるようなすばらしく趣のあるフレーズですね。古典文学で「逢ひみる」といえば、愛しあう男女が共に一夜を過ごすこと。仏訳では、音節の関係もあって動詞voir(ヴワール/見る)の過去分詞vu(ヴュ)が使われています。動詞voirには「見る」の他にも「会う」、「知る」など様々な意味が含まれていますので、一度辞書で確認してみましょう。フランス語バージョンは、一夜を共に過ごしていなくても使える内容となっています。
また、この場合は唄を贈る相手が女性ですので、過去分詞vuがvueという女性形に変化しています。女性が男性に贈る場合には、vu という男性形を使いますので気をつけてください。つのる想いは、片想いより両想いの方が上かもしれませんね。
「君のためなら死ねる! 」はもう古い!
藤原義孝(954-974) |
Ma vie que pour vous
j'eusse sans regret donnée
voici qu'à présent
j'en suis à souhaiter
que longtemps elle durât (Fujiwara no Yoshitaka)
(君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな / 藤原義孝)
こちらもいわゆる「後朝(きぬぎぬ)の歌」です。君と逢った今となっては、少しでも命を長らえたいと思うようになった心境の変化が心をうつ一首。ちなみに、詠み人の藤原義孝は若くして病死であったとか。切ないですね。
使われているeusse(ユス)、durât(デュラ)は、それぞれ過去形をつくる際に必要な助動詞avoir(アヴワール)、「続く」という意味の動詞 durer(デュレ)の接続法半過去となります。
いかがでしたが?今回の記事に際して、ガイドも百人一首の仏訳にちょっとチャレンジしてみましたが、「五・七・五・七・七」を考慮しつつ内容を考えるのは大変おもしろく、勉強になる作業でした。引用させていただいた René Sleffertさんの仏訳は、音読してみるとわかるのですが、きちんと音節数にも配慮されているものです。こちらを参考に「運命の人が」いまだ不在のあなたは、仏訳のお勉強にいそしんでみるのもいいかもしれませんね。
【引用文献】
<< De cent poètes un poème>>, traduit du japonais par René Sleffert, Publications Orientalistes de France, 1993.
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