あれがあったから今がある!人気講師の受験生時代

『資格試験の合格技術』(マガジンハウス)
ガイド:
差し支えのない範囲でかまいませんので、これまでのご経歴、現在のお仕事についてお聞かせいただけますか?

多田さん:
1997年に大原簿記専門学校に公認会計士講座専任講師として入社。入社後6~7年間は原価計算論の講師をしていました。現在は主に監査論を教えています。定期的に受験生を集めて“勉強法セミナー”を開催。講義のないときは、個別相談に追われる毎日です。
また、2005年より関西大学の非常勤講師を勤めています。担当科目は、原価計算論と監査論です。

ガイド:
ご自身でも「公認会計士」試験にチャレンジした経験がおありだそうですね?目指そうと思った理由や、受験に際してのエピソードなどがあれば。

多田さん:
「公認会計士」を目指した理由は、将来、独立開業できる大型資格だったことと、難関の国家試験に合格することで自分に自信をつけるためでした。
受験時代のエピソードはたくさんあるのですが、今日は3つご紹介しましょう。

まず、大学3回生の時にW・schoolで専門学校に通いはじめたのですが、勉強に対する姿勢がかなり甘かったことや、勉強方法が間違っていたことで、アッという間に講義についていけなくなりました。
テストを受けると点数はいつもボロボロ。200点満点の試験でなんと0点ということも……。このときは真っ暗のトンネルに入り込んでしまい、入口も出口もわからないといった状況でした。

次に、新聞配達をしながらの受験時代です。朝は3時起床で、配り終えるとすぐに学校へ。7時から20時ごろまで勉強をし、22時から23時ごろに就寝という生活を毎日続けていました。
疲れがたまっていたと思うのですが、配達中にバイクで転倒。大怪我にはいたりませんでしたが、足をひきずりながら専門学校に行ったときは友達から驚かれました。

最後は、成績も上がり勝負をかけた受験4回目の本番でまさかの体調不良。1週間前から下痢と嘔吐が続きました。理由は過度のプレッシャーと水です。なんとなく、これまで飲んでいた水の種類を変えたのです。
あとになってわかったことですが、これが身体に合わなかったようです。正直、悔しかったですね。

ガイド:
多田さんにも、そんなエピソードがおありとは……。特に最後のケースは、本当に悔しかったでしょうね。


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