愛の展開
へウォンの入院する病院で再び会い、気の合う2人は自然に親しくなっていきます。さて、韓国では「親しくなる」「親しくなった」しるしとして、あるものを変えます。そう、それは言葉遣い。(オンジェブト ナアンテ パンマルハニャ/いつからタメ口なわけ?)
この「반말」(パンマル/タメ口)は、「半分の言葉」という意味を持っていて、日本語では「タメ口」という意味になります。このパンマルは、韓国では特にお互いの存在をぐっと近づける魔法があります。このあたりから2人は「他人」という間柄から、特別な存在になっていくわけですね。
病院にいることを好まないへウォン。ミンスがデートに誘います。長距離バスに乗って郊外に行き、時間を忘れて思い切り遊びます。するとあたりは真っ暗。終バスもとっくにいってしまいました。「どうしよう」と途方にくれるへウォン。しかし、ミンスは前日にここに来ていて、バス停の横に車を置いておくのでした。さすが、韓国! 女性への奉仕を欠かすことがありません。そのマメさに驚き、女性の扱いがなれているわね、と嫌みをいうへウォンに対し、
(イロンゴン チョウミヤ/こんなの初めてさ)
ミンスはもう真剣に、へウォンを愛し始めているのです。
愛の確信
へウォンの病状は深刻でした。治る見込みがない上、先も長くないへウォンは「もう自分の前に現れないで欲しい」とミンスに別れを告げ、病院を出てしまいます。やっとのことで居場所を探し出したミンスは、土砂降りの中、ヘウォンが出てくるのを待ちます。その真剣なまなざし、痛々しい姿に胸を打たれ、ヘウォンは「もう会わない」という決心がぐらつきます。(パボヤ? コギソ モヘ? ナ チュゴ/馬鹿じゃないの。そんなところで何やってるの。私、死ぬのよ)
(クレド サランヘ。サランヘ/でも、愛してるんだ。愛してる)
(ナド サランヘ/私も愛してる)
雨の降る中の窓越しの抱擁です。「사랑(サラン)」は、そう、「愛」ですね。韓国映画にはこの「사랑(サラン)」が頻繁に登場します。恋人同士は「사랑해.(サランヘ/愛してる)」と、主にパンマル(タメ口)を使いますが、例えば俳優や歌手がファンの人々に、ファンの人々が俳優や歌手に「사랑해요.(サランヘヨ/愛しています)」と敬語で言ったりもします。