学校(キャンパス)での銃乱射事件

銃乱射事件の歴史と国別「犯罪発生率」
2007年4月、乱射事件の舞台となってしまったバージニア工科大学のキャンパス。
1966年のテキサス大学銃乱射事件以降、服部君射殺事件(ルイジアナ州)、コロンバイン高校(コロラド州)銃乱射事件、バージニア工科大学銃乱射事件と海外において、学校での銃乱射事件はこれまでに何度も繰り返されています。そして、その都度、銃の所有についての議論がなされてはいるものの、残念ながら解決への糸口は見えない状況にあります。

今回は、これまでにキヤンパス内で発生した銃乱射事件を整理するとともに、国連の発表する犯罪発生率を主要国についてまとめてみました。

1966年8月 テキサスタワー 銃乱射事件

テキサス州、テキサス大学オースティン校で発生。元アメリカ海兵隊員(在隊中に一級射手の資格を取得)で、テキサス大学の大学院生である容疑者が、テキサス大学オースティン校の本館時計塔に立て篭もり、ライフルで眼下の人を次々に狙った事件。警察が容疑者を射殺するまでの間に警官や一般市民など容疑者も入れると16名の死者と31名の負傷者を出したそうです(事件に先立ち妻と母親も殺害している)。1999年4月にコロンバイン高校銃乱射事件が起きるまでの33年間、この事件が最悪の学校銃乱射事件とされていました。

1992年10月 ルイジアナ州 服部君射殺事件

高校の交換留学プログラムでルイジアナ州バトンルージュに留学していた服部剛丈君(16歳)が銃で撃たれ死亡した事件。服部君がハロウィーンで近所の家庭を訪問する際、訪問する家を間違えてしまったため、その家の主人が仮装した服部くんを強盗とカン違いし発砲。「フリーズ(動くな!)」という主人が発した言葉の意味を理解できなかったのも要因とされています。当時はこの事件の衝撃は大きく、連日、事件の報道されていました。学校で発生した事件ではありませんが、日本人留学生が被害者となってしまった忘れてはいけない事件として紹介します。


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