■鉄格子からの風景
町の中心から2キロほど離れた療養院の周りは何も無い静かな環境で南仏の光にあふれ、発作の合間の落ち着いた時にはあるときは小さな窓越しにプロヴァンスの風景を、あるときは回廊にイーゼルを立てかけ庭のあやめを次々に描きつづけて行ったようです。
病室の薄暗い部屋の窓は小さく、しかも外部からはしっかりと鉄格子で隔離されています。そこからながめる強烈な光あふれる南仏の景色ははたして彼の病気に取ってやさしいのかははなはだ疑問ではありますが彼の創作意欲をそそり続けたことだけは確かなようです。
■渦巻き、糸杉そして「星月夜」
療養院の裏手にはアルピール山脈のにょきにょきと地面から湧き出たような奇岩、レ・ドゥ・トル(Les deux trous、二つのくぼみ)が見えます。道を隔てた向こうには、古代ローマの遺跡グラヌムが広がり、さきほどの道端のモニュメントはそのグラヌムのゲートの一部だったようです。実はゴッホがモチーフを求めてこのあたりをさまよった1890年頃にはまだ発掘が行われておらず、ただの野原であった為に、遺跡は作品に登場しておりませんがレ・ドゥ・トルの方はしっかりと描かれています。
それにしても、閉塞された暗く静まりきった空間から眺める強烈な光と、背景に広がるうねるようなぶきみな山肌はのんきな旅人である我々に対しても奇妙な感覚を与えるに充分な強い力を持っているようです。漫然と通り過ぎて行った時ののんびりしたサン・レミの景色は、うねる木々、うずまく雲や波打つ道にすりかえられて行くような不思議な気分に襲われてしまうかもしれません。