お風呂の中で
トリートメント出して |
浴室のドアの外はダイニングキッチンでテレビもそこにある。さとみの笑い声とテレビの音がかすかに聞こえて、さとみの返事はなく、だいぶ経ってから浴室のドアが開いた。
「な~に。さっき何か言った?」
「トリートメントがなくなったから出して。今日買ったやつ」
「分かった」
「すぐ入る?」
「うん。はるちゃんが出たらすぐ入るよ」
はるかと入れ替わりにさとみが風呂に入った。はるかはテレビのボリュームを落とした。夜も更けてきたので、いくら一番奥の部屋とはいっても人様に迷惑をかけるのは好まないのだ。さとみはセミロングの髪を洗い、体を2回洗ってから浴槽に入った。ぬるめの湯に長く浸かるのが好きで、ゆっくりと脚を伸ばして目を閉じた。はるかはテレビを消したのだろうか。音がしない。住宅街の土曜の夜は沈み込んだように静かである。
……突然、頭の上でかすかに耳慣れない音がした。ドキンとして目を見開いて、ちぢこまって口元まで体を湯に沈めた。そして、窓を見上げた。わずかに開いている。窓はいつから開いていたのか? 入ったときはどうだったか? 動悸が早く、頭の中がズキズキと痺れるようだった。数センチ開いた窓の外は隣地との境の壁があり、間は人1人がギリギリ通れる幅しかない。まさか、誰かがそこにひそんでいるのだろうか?
はるかは? はるかを呼んだら外にいるかもしれない人物に気づかれる。きっと、逃げてしまうだろう。といって、このまま浴槽に浸かったままでもいられない。仮に外に誰か人がいたとしても、捕まえることは出来ないだろう。捕まえることが目的ではない。まず第一にすることは……。さとみは湯音をたてないようにそっと腕を伸ばした。そして、窓をそっと閉めた。耳をそばだてていると、誰かがやはり外にいたようで、建物の壁に手をかけたような音とゴム底の靴がこすれたような音がした。さとみは、大声をあげた。
「はるちゃん! はるちゃん、早く来て!」
緊迫した声に驚いたはるかが急いで浴室のドアを開けた。
「さとみ、どうしたのっ?」
「外に誰か人がいる! ねえ、怖いよぉ」
「人? 窓の外に?」
はるかは窓に近づこうとして思いとどまった。内側から外を見てもよく見えないだろうし、さとみが湯に入ったままなのだ。きびすを返すとドアを閉める間もなく玄関に向かった。ドアチェーンをかけたままドアを開け、すき間から通路を見た。さほど明るくない照明の下、誰の姿も見えない。いったんドアを閉めてから、チェーンをはずして外を見るべきかどうか迷った。だが、万が一、刃物でも持っているような者がいたら危険だと思い、鍵をかけてまた浴室に戻ると、さとみが怯えた目ではるかを見た。
「どうだった?」
「ドアチェーンの間から見たけど誰も見えなかったよ」
「えー? ドアの後ろ側は?」
玄関の内側からドアノブは右側に付いており、ドアを開けば右側の道路のほうへの通路は見えるが、ドアの後ろ側奥の部分は死角となる。はるかがドアを開けてチェーン越しに中から右側を見たときに人影は見えなかったが、もしかするとドアの後ろに誰かがいたのだろうか?