全米144都市、海外138都市に乗り入れ、1日3,100便以上のフライトを運航する世界第5位のエアライン──コンチネンタル航空。米『フォーチュン』誌の「最も賞賛されるグローバル航空会社」に4年連続で選出されるなど、数々の輝かしい受賞歴が同エアラインに対する評価の高さを物語ります。しかしコンチネンタル航空といえば、かつては“どん底”の時代も経験。そこから見事に復活し急成長を遂げた背景には、独自のユニークな家族主義経営がありました。上・下2回に分けてレポートします。
(撮影協力=航空写真家・佐藤眞博氏)

── Page Index ──
【P.1】 いつつぶれてもおかしくない、かつてはそんな噂も
【P.2】 良い面も悪い面も会社はすべてガラス張り
【P.3】 社員が一丸となれる体制づくりを経営再建のベースに
【P.4】 個人の考えや意思が尊重され働き方も自由に選択



いつつぶれてもおかしくない
かつてはそんな噂も


「私が入社した1993年は、会社がとても大変な時期でしたね」
 
成田空港に勤務する旅客運航部主任、坂本卓也さんは、当時を振り返ってそうしみじみと語りました。坂本さんは入社後、乗務員として約1年間フライトに乗務し、翌94年の関西国際空港のオープンと同時に地上勤務に。2003年10月から現職に就いています。

photo-1
成田空港に勤務する旅客運航部主任、坂本卓也さん

なるほど、1990年代の前半といえば、コンチネンタル航空の評価は決して高くはありませんでした。それどころか、同社にとっては最悪の時代だったと言っていい。当時は「いつつぶれてもおかしくないエアライン」とまで噂されていたほどです。

定時到着率はアメリカ大手10社の中でも最下位、乗客1,000人当たりの手荷物紛失個数は堂々第1位、乗客からの苦情件数もトップ……。そうした“どん底”の状態から今日の姿に会社を建て直したのが、94年に会長兼CEOに就任したゴードン・ベスーン氏(04年退任)でした。

「トップマネジメントが変わり、会社が変化していく様子を第一線の現場で日々感じながら、私たちも仕事に取り組んできました。そういう中で気づきはじめたのが、自分たちが頑張れば会社も変わり、お客さまも評価してくれるということ」と坂本さん。「それと同時に、いい方向に会社を導こうと頑張っている社員を、会社もきちんと評価しようという姿勢が強まっていった。やる気の持てる会社になってきたな、という実感がどんどん膨れ上がっていきました」


≫≫≫ 次のページは「良い面も悪い面も会社はすべてガラス張り」