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ANA──国際線就航20年の歴史(上)

10月29日、ANAの成田/シカゴ線が就航します。これにより、同社のアメリカネットワークがますます充実! 世界の空に向かって大きく翼を広げ始めたANAの、国際線就航20年の歴史を振り返ります。

執筆者:秋本 俊二

10月29日、ANAの成田/シカゴ線が最新機材ボーイング777-300ERで就航します。乗り継ぎ時間が大幅に短縮され、ビジネスに観光に、同社のアメリカネットワークはますます充実! いよいよ世界の空に向かってANAが大きく翼を広げ始めました。

ANAの国際線定期便が就航して、今年で20年。現在でこそ黒字化を達成し順調な成長路線を歩みつつあるものの、しかしその道のりは決して平坦ではありませんでした。「最初の十数年間は赤字つづきで、試行錯誤の繰り返しだった」と、同社営業推進本部ネットワーク戦略部長の藤村修一氏は言います。「最大の転機になったのは99年10月でした」と藤村氏。その99年10月に、ANAに何が起きたのか? 過去に何を模索し、今度どこへ向かおうとしているのか?

国際ネットワークづくりの中心人物として活躍してきた藤村氏をナビゲート役に、これから2回に分けてANAの国際線定期便20年の歴史を振り返り、来たるべき未来を展望します。

── Page Index ──
【P.1】 創業以来の夢をかなえた東京/グアム線の就航
【P.2】 従来の延長では通用しない国際線客室サービス
【P.3】 他社サービスを研究しANA独自の路線を模索



創業以来の夢をかなえた
東京/グアム線の就航


成田空港での東京/グアム線新規就航セレモニーで、当時の中村大造ANA社長は満面の笑みを浮かべ、「創業以来の夢がやっと実現した」と語りました。その思いは、どの社員にとっても同じだったに違いありません。多くの関係者たちが拍手で見送るなか、乗客287人を乗せたL‐1011「トライスター」はグアムに向けて離陸。いまから20年前──1986年3月3日のことです。

藤村修一氏
営業推進本部ネットワーク戦略部長の藤村修一氏。
「社内的にはものすごい盛り上がりでしたね。それまでは業界の棲み分けルールがあって、ANAは国際線の定期便はいっさい飛ばせなかったわけですから」と藤村氏は言います。「86年3月のグアム線就航で、ようやくそこに風穴をあけることができた。社員たちの期待感が高まるのは当然のことです」

その年の7月16日には、2番目の国際定期路線として東京/ロサンゼルス線を開設し、米国本土への乗り入れも実現しました。機種は長距離国際線用に導入したボーイング747‐200B、通称LRです。続く7月26日には、直行路線としては当時の世界最長である東京/ワシントン線もスタート。そして翌1987年には4月に東京/北京・大連線を、7月に東京/香港線を開設してL‐1011による国際定期路線を拡大し、さらに10月には747LRでの東京/シドニー線を開設して初の「赤道越え」も果たしています。

ANAの国際線ビジネスは、きわめて順調なスタートを切ったかに見えました。少なくとも多くの社員が当時、そう信じて疑わなかったでしょう。ところが ──。

「フタを開けてみると、初年度の赤字は仕方がないにしても、2年目以降もいっこうに黒字にならない。同じマイナスでもかなり巨額の赤字で、2004年度以降に黒字に転換するまでその状況が十数年にわたって続くわけです。どういうことなんだ、と誰もが戸惑いを隠せませんでした」

≫≫≫ 次のページは「従来の延長では通用しない国際線客室サービス」
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