
「ハンタウイルス」の感染者が、海外のクルーズ船内で複数報告されたというニュースが報じられています。日本国内では聞き慣れない名前のウイルスですので、初めて知った方も多いかもしれません。
「致死率が高いらしい」「ネズミからの感染だけでなく、ヒトからヒトに感染しているかもしれない」といった情報に加え、クルーズ船内での集団感染と聞いて、2020年に起きた「ダイヤモンド・プリンセス号」の新型コロナウイルス集団感染を思い出し、不安を感じている方もいらっしゃることでしょう。
ハンタウイルスとはどのような病気なのか、よくある疑問について、医師として分かりやすく解説していきます。
ハンタウイルスとは……ネズミなどのげっ歯類の一部が持つウイルス
ハンタウイルスは、ネズミなどのげっ歯類の一部が保有しているウイルスです。ウイルスを持つげっ歯類にかまれたり、排泄物に触れたり、排泄物を含んだほこりを吸い込んだりすることによって感染します。ただし、例外的にハンタウイルスの一種であるアンデスウイルスにおいては、ヒトからヒトへの感染が報告されています。
ハンタウイルスに感染すると、大きく分けて「腎症候性出血熱」と「ハンタウイルス肺症候群」という2つの深刻な病気を引き起こすことが知られています。どちらも重症化するリスクがある病気ですので、まずは正しい知識を持つことが大切です。
基本情報もあまり知られていないウイルスだと思いますので、寄せられた質問から一問一答の形式で確認していきましょう。
Q1. ハンタウイルスの症状は? 致死率が高いって本当ですか?
ハンタウイルスに感染することで起こる症状は、ウイルスの種類によって症状や致死率が大きく異なります。
■腎症候性出血熱
10~20日の潜伏期間の後に突然の発熱・頭痛・悪寒が生じます。重症化すると高度な腎機能障害やショック状態を引き起こします。重症型では3~15%の方が亡くなるといわれているため、十分な注意が必要です。
治療法としては、ショック状態や急性腎機能障害への対症療法を行います。また、抗ウイルス薬であるリバビリンが有効という報告もあります。日本国内では1960~80年代に発生したという報告がありますが、その後は見られていません(2026年5月13日現在)。
■ハンタウイルス肺症候群
1~5週間の潜伏期間の後に発熱や頭痛が起こり、その後急速に呼吸困難や低酸素状態に陥ります。重症度が高く、40%の方が亡くなるとされています。早期の集中治療が必須です。早い段階で人工呼吸管理が必要となることもあります。なお、日本国内では患者発生の報告はありません(2026年5月13日現在)。
Q2. ネズミのフンから感染するって本当? 家にネズミがいるので不安です
はい、ネズミのフンから感染するのは本当です。
ウイルスを持ったげっ歯類(ネズミなど)のフンや尿が傷口や粘膜に直接触れたり、排泄物が混ざったほこりを吸い込んだりすることで感染します。また、直接かまれて感染することもあります。
ただし前述の通り、日本国内では1960~80年代に感染の報告があったものの、その後は腎症候性出血熱の発生は見られていません。そのため、むやみに恐れる必要はないでしょう。しかしハンタウイルスに限らず、ネズミがいることは好ましくありません。衛生面を考えて積極的にネズミ駆除製品の活用や専門業者に相談するなど、環境を整えることは大切です。
Q3. ハンタウイルスの感染経路は? 空気感染するとしたら不安です
主な感染経路は、ウイルスを含むネズミの排泄物が乾燥して微細なほこりとなり、それを吸い込むことです。基本的には、ウイルスを持つネズミが生息する汚染された場所に近づくことがリスクとなります。
ただし、アンデスウイルスについては、「呼吸器分泌物や唾液などを介してヒトからヒトへうつる」可能性、すなわち飛沫感染に相当する経路があると分かっています。インフルエンザや新型コロナウイルスほど容易には広がらないとされていますが、咳や会話で飛ぶ飛沫や唾液などがかかる近距離での濃厚接触によって感染する可能性があるようです。そのため医療現場では患者さんや感染が疑われる人を診察・ケアする際、世界保健機関(WHO)やアメリカ疾病予防管理センター(CDC)の指針に基づき、標準予防策・接触予防策・飛沫予防策をとっています。
Q4. クルーズ船内で集団感染ということは、ヒトからヒトに感染し始めたということですか?
通常のハンタウイルスはネズミを介してしか感染しません。しかし例外として、チリやアルゼンチンなどの南米地域に存在する「アンデスウイルス(Andes virus)」という種類だけは、ヒトからヒトへ広がる能力を持っていることが分かっています。
実際、2024年5月から6月にかけてチリで発生した事例では、最初の感染者から夫・娘・孫へと家族内での集団感染が起きたことが、最新の研究でも報告されています。
今回のクルーズ船での集団感染も、そのような事例の1つと考えられます。
Q5. 新型コロナウイルスのようなパンデミックになる可能性はありますか?
ハンタウイルスは、基本的にネズミなどの動物を介して感染する病気です。例外である南米のアンデスウイルスを除き、ヒトからヒトへの感染は起こらないと考えられています。
また、これまでの報告では、ある社交イベントで発生したアンデスウイルスによるハンタウイルス肺症候群において、感染対策が講じられる前の段階での二次感染数は1人当たり2人前後であったとされています。
そのため、変異株が生まれた場合などはこの限りではありませんが、次々とヒトからヒトへ爆発的に広がり世界的なパンデミックとなる可能性は、現時点では極めて低いと考えられています。
Q6. ハンタウイルスのワクチンや予防法はありますか?
現在のところ、日本で接種できるハンタウイルスのワクチン(予防接種)はありません。
通常のハンタウイルスの感染予防法は、ネズミなどのげっ歯類との接触を避け、環境を清潔に保つことです。日本国内では、現時点では過度な心配は不要です。気になる場合は、ご自宅などでネズミのフンや尿を見つけた場合も、以下の点に注意して処理するとよいでしょう。
- ほこりを巻き上げるような掃除機やほうきは絶対に使わない
- 市販の漂白剤などで汚染された部分を十分に湿らせる
- その後、ペーパータオルなどを用いてふき取り、ごみ袋に入れてしっかり廃棄する
なお、アンデスウイルスはヒトからヒトへ感染する恐れがあります。万が一、アンデスウイルス感染症の方と濃厚接触した可能性がある場合は、速やかに医療機関を通じて検疫所へ申し出てください。
コロナ禍の経験を活かし、パニックにならず冷静な対応と感染対策を
筆者は感染症を専門とする医師として、病院における新型コロナウイルス感染症対策に従事した経験があります。当時は病原体についての知見も乏しく、対応の見通しも立てづらい状況であったため、感染対策は非常に困難なものでした。
しかし、感染症は「感染源」「感染経路」「感受性宿主(かかりやすい人)」がそろうことで発生するというのが三原則です。今回のハンタウイルスは既知のウイルスであるため、対応策を講じることが可能です。また、「致死率40~50%」などと聞くと非常に怖い印象を受けますが、日本国内での感染は長らく報告されておらず、ヒトからヒトへの感染も特定の地域・ウイルスに限られています。
別のウイルスを例に出すと、2026年現在、日本国内をはじめ世界で麻疹(はしか)が猛威を振るっています。麻疹の場合は空気感染するため、免疫を持たない集団の中では1人の感染者から12~18人に感染が広がります。これは感染症の中でもトップクラスの拡散力で、感染すると重症化するリスクもあります。しかし麻疹については「感受性宿主」に対して予防接種による予防が可能です。
つまり、どの感染症に対してもむやみにパニックになるのではなく、正しい知識と理解に基づいた対策が重要ということです。ハンタウイルスについては、まず感染源・感染経路を把握し、ネズミを寄せ付けない環境づくりや感染対策を心掛けることが何よりも大切です。
私たちはコロナ禍を経験しています。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの経験や反省点を思い出し、それぞれが活かしていくことが大切です。現時点で日本国内においての心配は大きくありませんが、ぜひこの機会に、ご自宅や身の回りの衛生環境、いざというときの感染対策を見直してみてください。
■参考文献:
1.Valeria P Martínez,Nicholas Di Paola,Daniel O Alonso,et al."Super-Spreaders" and Person-to-Person Transmission of Andes Virus in Argentina.N Engl J Med.2020 Dec 3;383(23):2230-2241.
2.ハンタウイルス感染症(腎症候性出血熱、ハンタウイルス肺症候群)(Hantavirus Infection)厚生労働省検疫所
3.Aldo Barrera, Hade Ramos, Eugenia Fuentes-Luppichini,et al. New Andes virus isolate haplotype obtained during prospective close contacts follow-up of an Hantavirus cardiopulmonary syndrome fatal case, Chile.
4.アメリカ疾病予防管理センター(CDC):Hantavirus
5.WHO(World Health Organization).Hantavirus cluster linked to cruise ship travel, Multi-country
6.Alimuddin Zumla,Brian McCloskey,Giuseppe Ippolito,et al. Lethal Hantavirus at Sea: Infectious Disease Outbreaks on Cruise Ships and Limits of Preparedness.Travel Med Infect Dis.2026 May 8:102989.
7.Eleonora Cunto,Yésica Lamberto,Pablo Saúl,et al. Hantavirus cardiopulmonary syndrome in the intensive care unit.Medicina (B Aires).2025;85(6):1198-1205.







