
年収の壁の範囲で働くのはどうして?
令和6年12月24日に今後の年金について話し合う「社会保障審議会(年金部会)」でもパート労働者の社会保険加入の拡大および第3号被保険者の「年収の壁」への対応についても今までの話し合いについて論点が整理されました。
現状の「年収の壁」について整理してみたいのと、今後の動向について、考えてみましょう。
現状の「年収の壁」、どんなものがある?
「年収の壁」といってもいろいろあります。現状の「年収の壁」について確認してみましょう。1は税金の壁、2は社会保険(厚生年金・健康保険)の壁です。1. 所得税の壁→年収103万円
基礎控除48万円に給与所得控除55万円を合計すると103万円です。控除とは所得税計算から除く金額なので、年収103万円までのパート収入なら所得税がかからないということ。これを「103万円の壁」と呼んでいます。所得税の壁については、123万円にするのか、160万円にするのか、現在政府で話し合われているところです。
2. 社会保険(厚生年金・健康保険)の壁→年収106万円の壁、年収130万円の壁(60歳未満の人)、年収180万円の壁(60歳以上)
会社員や公務員に扶養される配偶者は「第3号被保険者」として年収106万円未満であれば、自分で年金保険料や健康保険料を支払わなくても、支払った扱いになります。ところが、社会保険(厚生年金・健康保険)加入の要件を満たすと自分のパート先の社会保険に加入し、厚生年金保険料や健康保険料を負担することになります。また「130万円の壁」(60歳以上は年収180万円の壁)を超えると、社会保険加入の要件にかかわらず、扶養から外れ、自分の国民年金保険料、国民健康保険料を支払う必要が出てきます。
「106万円の壁」は何が問題?
「社会保障審議会(年金部会)」で話し合われているのは、社会保険の壁である「106万円の壁」です。この壁がなぜ問題になっているのでしょうか。パート労働者が自分でパート先の社会保険(厚生年金・健康保険)に加入する要件とは、以下の全てに当てはまった場合です。
1. 厚生年金・健康保険被保険者が50人を超える事業所に勤務している。
2. 週20時間以上働いている。
3. 月額賃金8万8000円以上である。
4. 2カ月を超えて雇用される見込みがある。
5. 学生ではない。
年収106万円を超える場合、自分で社会保険に加入すると、保険料は事業主と折半にはなりますが、給与から厚生年金保険料が月額約8000円、健康保険料月額約5200円が差し引かれて手取りが少なくなってしまいます。年収105万円までであれば、合計約1万3200円もの社会保険料を差し引かれず、手取りが多くなるというわけです。
【参考】
協会けんぽ・令和5年度保険料額表(令和5年3月分から)東京都
「第3号被保険者」は本人が年金保険料や健康保険料を支払わなくてもいいので、年収106万円以内になるように働き方を調整し、収入を抑えようとします。
厚生年金・健康保険の適用拡大をもっと進めて「年収の壁」をなくすことを検討している?
働く側の考えとは裏腹に、厚生年金・健康保険の適用拡大をもっと進めていきたいというのが「社会保障審議会(年金部会)」の考えです。「106万円の壁」の対象となる要件の1つに、厚生年金・健康保険被保険者が50人超える事業所で働いていることがありますが、「社会保障審議会(年金部会)」では「将来的には事業所の規模要件をなくしたほうがいい」という意見が多数出ています。個人事業所でも常時5人以上従業員がいる事業所の非適用業種は解消し、厚生年金・健康保険適用となる事業所を増やしたほうがいいという意見もあります。
賃金要件を下げることも検討が行われましたが、このまま最低賃金が上がっていけば、月額賃金8万8000円以上(年収106万円以上)という基準を満たす事業所が増えるので、引き続き検討中となりました。
さらに、多くの会社で副業が解禁されています。本業と副業を合計すると週20時間以上の労働時間がある場合、各事業所の労働時間を合算して、厚生年金・健康保険の適用を行うための対応も検討されています。
厚生年金・健康保険に加入することで、手取りが減ることを避ける人が多いのなら、年金保険料・健康保険料の従業員負担分を労使合意の上で、会社が負担するとの意見もありましたが、自営業者などの第1号被保険者や、会社員・公務員・パートなどで働いている第2号被保険者との公平性も問われるため、こちらも検討段階です。
年金制度は積立方式ではなく賦課方式ですので、現役世代や働く年金受給者が支払う保険料で現在の年金受給者を支えています。「年金部会」としては、年金支給の支え手を増やすために、所得の壁にかかわらず、扶養されている人にも働いてもらおうという意図で見直しがされているのでしょう。
女性たちが「年収の壁」の範囲内で働くのはどうして?
「どうして扶養の範囲内で働くのか?」と考える人は「第3号被保険者の制度があるから」「年収の壁があるから」と制度そのものが就業を妨げているかのように考える方が多いようですが、本当にそれだけでしょうか? 第3号被保険者は妻が大多数です。正規雇用については男女の賃金格差が縮まってきていますが、いまだに非正規雇用や短時間労働者は女性が多く、実質的に男女の賃金格差は残っています。「出産、家事、育児を無償で行うことが多いし、長く働いてもたくさんの給料はもらえないから、扶養の範囲にとどまろう」と判断する女性が多いのではないでしょうか。
短時間労働や非正規雇用の方の中には「正規雇用の職員と遜色ない働きをしている」人も少なくないと思います。雇用形態にかかわらず「働きに応じた中立的な賃金」が支払われ、実質的に男女の賃金格差がなくなると、就業についての制限を行う第3号被保険者は激減するのではないでしょうか。
社会保障審議会(年金部会)でも「働き控えと第3号被保険者制度は切り離して考えるべき」という意見もあるそうです。
「年収106万円の壁」「年収130万円の壁」は「第3号被保険者制度」や最低賃金の上昇具合と密接に関わっているので、気になる人は今後の動向をチェックしていくことをおすすめします。
【参考】
社会保障審議会年金部会における議論の整理(案)
被用者保険の適用拡大及び第3号被保険者制度を念頭に置いたいわゆる「年収の壁」への対応について
被用者保険の適用拡大及び第3号被保険者制度を念頭に置いたいわゆる「年収の壁」への対応について 参考資料