トランスジェンダーを正しく理解するために、精神科医が考える大切なこととは?
「性の多様性」に関する情報が、広く伝えられるようになった今、性的マイノリティである「LGBTQ+」を正しく知り、理解するためには、いくつかの大切なポイントがあります。
一言で「LGBTQ+」と言っても、一人一人のバックグラウンドや、抱えている悩みはさまざまです。当事者が、性的マイノリティであると初めて自覚してから、カミングアウトするまでの心の動きは、どのようなものなのでしょうか。1人のLGBTQ+の方に実際の経験を伺いながら、精神医学的な視点で考えてみたいと思います。
今回お話を聞かせていただいた方は、現在は関東地方の病院で看護師として勤務する50代のトランスジェンダーの方です。ここではAさんとしますが、以下の文章も個人情報が特定されないよう、配慮した記述になることをあらかじめご了承ください。
「肉体は男性だが、心は女性」……「性別不快症」になるケースも
Aさんは出生時、生物学的には「男性」として生まれました。Aさんは、自分はLGBTQ+の「T」であると考えており、現在は「女性」として生活されています。通勤時も女性らしいファッションで、職場でも性的マイノリティであることをカミングアウトしています。LGBTQ+の「T」とは、「トランスジェンダー(trans-gender)」、つまり「性別越境」をあらわす略語です。Aさんの場合は、出生時の生物学的な性は男性でしたが、心の中の本当の性は女性であり、女性として生きていきたいと感じているそうです。
トランスジェンダーの権利や生きやすさについて、正しく理解され、配慮されるべきだという動きがありますが、精神医学的にはトランスジェンダーの方がよく抱える心の問題も無視できません。トランスジェンダーの、特に男性には、自身の肉体的な性別を強く不快に思い、日常生活にも支障が出てしまう「性別不快症」を発症してしまうケースもあります。
今回お話を伺ったAさんも「自分も周りの男の子と違い、小さな頃から女の子のように人形遊びをしたがる子どもでした」と話します。Aさんが初めて自分の性の違和感を自覚したのは、5~6歳頃のことだったそうです。トランスジェンダーの方の多くが、Aさんと同じように幼少期に、性別違和感を自覚すると考えられています。まだ幼い段階で、配慮のない言葉をかけられたり、態度を取られたりすることは、心に大きなストレスを与えます。
「女の子のような男の子」に対する社会の目が、当事者の心に、将来的にも影を落としてしまう可能性は、現実に起こっていることとして、無視できません。
トランスジェンダーになる「原因」はあるのか
トランスジェンダーになる原因・要因は、非常に繊細なテーマであり、さまざまな説があります。そして、決して一つの要因だけによって、トランスジェンダーになるかどうかが決まるわけではありません。生まれもってのものであるという説も、成育環境であるという説がありますし、両方が関わっているとも考えられています。
生まれもっての要因としては、母親の胎内にいる間に、性の分化を決める性ホルモンが影響しているとする研究もあります。例えば、男性ホルモンの一つであるアンドロゲンの量が通常よりも多かったり、少なかったりした場合です。妊娠期の母体に強いストレスがかかった場合なども、性ホルモンに影響すると考えられています。また、厳格なしつけなどの生育環境が影響すると考える説もあります。
トランスジェンダーであるAさん自身は、自分の母親が妊娠中に強いストレスを抱えていたと聞いたことや、出生後の親との関係も、自分の性に影響したのではないかという思いがあるそうです。自身の性的方向が定まる過程で、「体育会系の両親のもとに一人っ子の長男として生まれ、男の子は男らしくなくてはいけないと強く言われたこと」、また「ピアノを習いたいといった自分の希望は聞いてもらえず、柔道や少林寺拳法などの男らしい習い事をするように言われたこと」などの、家庭環境や教育方針も、「それでも自分は男性ではなく、女性として生きたい」という思いを強め、後押しする要因になった、と感じているそうです。
もちろん、すべての人に同じような背景があるものではなく、「○〇が原因でトランスジェンダーになった」と言うことはできません。性の多様性を正しく理解するためには、すべての人が正しい知識を共有することが欠かせません。
当事者の声を聞きながら、社会の目に感じる生き方の困難さや苦悩を含め、正しく理解を深めていくことが大切ではないでしょうか。
■参考文献
- Kaplan&Sacock's Synopsis of Psychiatry