初任給引き上げやベアは、背景を確認するべし
30年間続いた日本の低賃金は本当に克服されたのか?
これまで日本の賃金水準は国際的に見ても低い水準が長年続いていました。例えばOECD(経済協力開発機構、日米を含め先進38カ国が加盟)の中では韓国より下の24位、平均賃金額は1位のアメリカの半分以下とお粗末な状況にありました(2021年平均賃金調査)。まさに日本は長期にわたってデフレによる低成長と低賃金の悪循環から抜け出せずにいたのです。そのため政府はデフレ脱却・賃金引き上げを重要テーマに設定し、官民一体となって政策を推進してきました。政府の目論見は、経済成長と生産性向上による高賃金の実現、そして高賃金(購買力の上昇)を背景に消費を拡大し、さらなる経済成長を図ることにあります。
この点、最近の株高や賃上げ状況を見ると、政府の政策はかなりうまくいっているように思えます。しかし、足元ではエネルギー価格を中心に物価が上昇しています。また今回の賃上げによる人件費増をこの先企業が製品・サービス価格に転嫁することも考えられます。そうすると物価上昇が賃上げ率を上回ってしまう懸念も想定されます。手放しで賃上げを喜ぶことはできませんね。
賃金高騰の本当の原因は人手不足にある?
賃金が上昇する場合、一般に2つの原因が考えられます。1つは労働生産性の向上です。AIの活用や設備投資によって労働生産性が向上し、働き手が作り出す付加価値が増加することで賃金の引き上げ原資が生み出されます。もう1つが人手不足(労働市場の需給関係の逼迫)です。少子高齢化で働き手が少なくなり売り手市場となると、人材採用を巡って企業間での競争が激化し、他社よりも高い賃金を提示しないと採用には至らなくなります。必然的に新卒者や中途採用者の賃金を中心に賃金水準が上昇します。
筆者の周囲の企業や報道などを見ても、今回の賃金上昇の主な原因は、労働生産性が向上したからではなく、人手不足にあるようです。実際、人材募集で苦労している会社が「競合より高い水準を提示して採用競争に打ち勝つ」と言っているケースが目立ちます。新規採用者の賃金を引き上げると、バランス上、社内の人材の賃金水準も引き上げざるを得ません。今年の春季労使交渉(春闘)で大きな賃上げが実現できたのも、こういった背景があるのです。
中小企業についてはこれから5月に向けて賃金交渉が本格化しますが、中小企業(従業員300人未満)の賃上げ率は33年ぶりとなる5%超えの水準を維持しているようです(連合調査、4月2日現在)。中小企業も採用競争にさらされており、これからが正念場です。
高賃金企業への応募で注意すべきポイント
高賃金を提示して人材を募集している企業が増えてくると、どうしても目移りしてしまいます。しかし高賃金を提示している会社に就職したとしても、その後の給料が全く上がらないことも考えられます。注意しないといけません。まず現在の高賃金が何を原資に実現できているのかを、面接で確認する必要があります。付加価値が高く競争優位な商品・サービスを展開している企業、積極的な設備投資や従業員教育によって労働生産性が飛躍的に向上している企業であれば、この先賃金原資が枯渇することは当面考えなくてよいでしょう。また生産性がそれほど高くなくとも、内部留保(これまでの利益の蓄積)が厚い優良企業もあまり心配いりません。
一番注意しないといけないのは、高賃金実現のための賃金原資を確保できていない企業です。こういった企業は、人件費増を自社の商品やサービス価格に転嫁せざるを得ません。本当にそれが可能なのかを採用面接などで、それとなく確かめておくべきでしょう。
また建設業や製造業の下請け企業であれば、下請け価格の引き上げが可能かどうかも見定めることになります。独自性の乏しい下請け企業だと、請負価格の引き上げを元請けに申し出た瞬間に切られてしまう恐れがあります(もちろんそういうことがないように、政府は監視を強める方針です)。
募集要項(求人票)で確認すべきポイント
細かい点ですが、見かけ上の高賃金に騙されないように募集要項の賃金項目を確認することも重要です。確認すべきは、基本給額と手当の種類・金額、賞与の有無や金額(月数)などです。固定残業代(時間外労働の有無に関わらず一定の手当を支給する制度)がある場合は、何時間分の時間外労働分としていくら支給されるのかも確認します。さらに面接では、実際に在籍している社員の時間外労働の実績値も確認するとよいでしょう。仮に固定残業代の金額が高くても、残業実績に応じて将来的に減額される可能性があるので注意してください。
なお基本給額が「見込み」として記載されている場合は、面接で金額を具体的に聞き、採用時に交付される労働契約書などの金額と合致しているかも確認してください。