Q. お酒を飲むと暴力的になってしまう人がいるのはなぜですか?
普段は穏やかなのに、お酒を飲むと変わってしまう……その理由は?
「お酒の失敗」は笑い話になる程度のものもあれば、飲酒運転や暴行事件など、人の命に関わり、取り返しのつかないようなものもあります。なぜ、お酒で人が変わってしまうことがあるのでしょうか。特に普段は穏やかな人でも、時に暴力をふるってしまうことがあるのはなぜか、わかりやすく解説します。
Q. 「お酒による事件や事故のニュースをよく見ます。問題を起こした人に対して、『普段はそんな人ではない』『おだやかな普通の人だと思っていた』といった言葉もよく報じられていますが、なぜお酒で楽しく酔うだけで済まず、暴力的になってしまうことがあるのでしょうか?」
A. 人の理性を保たせる「前頭前野」は、お酒で麻痺しやすい部分だからです
多くの方がご存じのように、お酒にはアルコール(正確にはエタノール)が含まれています。お酒を飲むとエタノールが脳に到達して麻酔薬と似た作用を発揮し、脳の神経活動を抑制します。これによって、いわゆる「酔い」が生じます。ただし、脳全体が同じように麻痺するわけではありません。脳の中にはエタノールに敏感で麻痺しやすい場所と、鈍感で麻痺しにくい場所があるのです。脳の中でもっともエタノールに敏感なのは、「前頭前野」と呼ばれる部分です。前頭前野は他の動物にもありますが、とくに人間で発達した脳の部分です。野性的な感情や行動を抑えるブレーキのような役割を果たしています。そのため、お酒を飲んで前頭前野が先に麻痺してしまうと、ブレーキが利かなくなった車のように、暴走してしまうことがあるのです。
たとえば、私たちは普段、人に対する不満や怒りの感情が心の中に湧いても、「言わない方が無難だろう」と判断して、何も言わないことができますね。これは、前頭前野によるブレーキが働いているおかげです。ところが、お酒を飲んでしまうとこのブレーキがかからなくなるので、不満や怒りの感情を抑えることなく、そのまま相手にぶつけてしまうようになります。ときには、制御が効かず、感情のままに暴力をふるってしまうこともあります。
絶対にいけないことですが、仮に「うっかり手が出てしまった」というようなケースでも、しらふであれば、ある程度は前頭前野によるブレーキが働き、多少なりとも力を加減することもできます。しかし、お酒を飲んでブレーキがかからないと、手加減ができず、相手を全力で殴ってしまうこともあります。普段おとなしかった人が、お酒を飲むと人が変わったようになり、人を傷つけてしまうことがあるのは、こうしたお酒の作用によるものです。
以上が、お酒によって暴力的になってしまう人がいる理由です。そして、ここからは、お酒の教育について普段から思っているところを書かせてください。
最近、ある大学の剣道部員同士が飲酒をした後、店を出た路上でけんかとなり、男子学生一人が死亡するという事件が起き、関わった学生が傷害容疑で逮捕されました。報道で伝えられるところによると、亡くなった男子学生が逮捕された学生に平手打ちしたところ、それに腹を立てた逮捕された学生が走って追いかけ、はたくか、押すなどしてしまい、亡くなった学生が自転車に倒れ込んでしまったようです。倒れた学生は、くも膜下出血で救急搬送され亡くなってしまいましたが、暴行と死亡の因果関係は不明です。
関係した学生たちが、もし飲酒による脳への影響を理解していれば、この事件も防げたのではないでしょうか。大学では、学生たちに飲酒のモラルを指導していたと説明していますが、ただ「飲酒はだめです」と諭すのでは不十分です。もっと、根本的な学習を促すべきだと私は思います。
日本の法律では、成人の飲酒が認められていますが、私は薬の専門家として、お酒を「規制すべき薬物の一種」と考えています。上手に飲めば楽しいお酒も、誤った飲み方をすれば、人の命を奪ってしまう道具にもなるのです。禁止されていると分かっているのに、飲酒運転をして、他人の尊い命を奪う人もいます。大学に入学したばかりの新入生が、飲酒を強要されて、若くして人生を終えてしまうという悲しい事件も後を絶ちません。大学生による飲酒後の暴行致死傷事件も同じです。みんなが正しく使えないのであれば、麻薬や覚醒剤、大麻と同じように、お酒ももっと厳しく規制すべきなのではないでしょうか。車の運転と同じように、ちゃんとルールを守れる人だけが免許を手に入れてお酒を楽しめるといった制度の導入を考えてもいいように思います。
さらに重要なのは教育です。後を絶たない、大学生たちによる飲酒関連の事故や事件は、薬物乱用に関する教育がまだまだ行き届いていないことを物語っていると思います。
日本の薬物乱用防止キャンペーンのスローガンは「ダメ。ゼッタイ。」です。今は小中学校で必ず、薬物乱用防止教室が開かれ、子どもたちは、薬物の恐ろしさを何度も教えられているはずです。それなのに、大学生がお酒で事件を起こしてしまっているのはなぜでしょう。薬物乱用教室では、たいてい警察の方が来て、覚醒剤や大麻の話をします。そして、覚醒剤や大麻を使うと頭がおかしくなったり体がぼろぼろになるなどの脅し文句で、子どもたちに恐怖心を植え付けようとします。しかし、実際のところ身の回りに覚醒剤や大麻はなく、リアリティーがありません。危険なものという感じはしても「自分には関係ないこと」と受け取られてしまっているのではないでしょうか。私たちの周りにある最も身近な「薬物」は、お酒です。過量の飲酒は心も体も乱してしまいます。麻薬、覚醒剤、大麻などと何ら変わりません。飲酒によって大人たちが起こしている実際の事件を題材にして、薬物乱用の問題を身近な問題として子どもたちに考えさせる教育が必要なのではないかと思います。
■関連記事