Q. 人の名前や地名が出てこないのは、認知症の初期症状でしょうか?
代名詞ばかりで話してしまうのは認知症?
場所や物の名前が思い出せず「あそこ」「あれ」。人の名前が思い出せず「あの人」。気づけば代名詞ばかりで話している、ということもあるかもしれません。名前が思い出せないのは、認知症が原因なのでしょうか? 関連性を解説します。
Q. 「頭では思い浮かぶのに、人の名前や地名などが思い出せません。人と話しているときも、『あれ』『それ』ばかりで会話をしてしまいます。これは認知症の初期症状でしょうか?」
A. 固有の名前を思い出せなくなるのは、認知症の前兆ではありません
一緒に旅行した人との会話中、地名を思い出せず「あそこ! 去年の夏に行ったあそこ」。相手も思い出せず「ああ、あそこね。紅葉がきれいだったねえ」といった具合に、代名詞だけで会話が成立するなんてこともありますね。こうした現象を、筆者は勝手に「あれあれ症候群(または、あれそれ症候群)」と名付けています(※もちろんこんな病名は実在しませんのでご注意を)。認知症に関する市民講座などでこれを話題にすると、皆さん「あるある!」と頷いてくださるので、多くの人が体験していることなのでしょう。年のせいで名前を思い出しづらくなったと感じ、認知症の初期症状ではないかと心配される方もいます。しかし、実際には認知症との関係はありません。
認知症の中核症状の一つに「失語」がありますが、それは「私は〇〇をします」といった基本的な日本語の構成や、「ごはん」「犬」「花」などの一般的な言葉が出てこない状態です。言語を司る脳の中枢に障害がおよぶことで、基本的な言葉も出てこなくなってしまいます。これに対して、人名や地名などは固有名詞で、必ずしも必須の情報ではありません。いわゆる「知識」として暗記できているかどうかにかかっています。
記憶にはいろいろな形があり、ちゃんと言葉に言い表すことのできるものは「陳述記憶」と呼ばれ、さらにそれは、自分の体験した出来事の思い出に相当する「エピソード記憶」と、いわゆる丸暗記した知識に相当する「意味記憶」と分類されます(参考:記事「エピソード記憶と意味記憶の違い・具体例…効率的な暗記に役立つ方法も」)。エピソード記憶(思い出)は、時間情報・場所情報・感情体験を伴っていますので、あまり意識しなくても頭に残りやすく、かつ思い出しやすいという特徴があります。一方の意味記憶(知識)は、覚えようと意識しないとなかなか頭には残らず、せっかく覚えた内容でもなかなか思い出せないことがあるというのが特徴です。
多くの人は、名前を丸暗記しています。つまり、意味記憶として頭に入れているということです。そのような記憶は、そもそも思い出しにくい性質があるのです。だから、度忘れするのは当たり前のことです。
年のせいでもありません。よく考えてみると、若者も度忘れはします。一生懸命テスト勉強をしたはずなのに、いざ試験に臨むと「あれ何だっけ?」と忘れてしまいます。大学教員である筆者は、「覚えたはずなのに思い出せない」と日々苦労している20歳前後の学生たちを見ています。程度の差は多少あれど、「あれあれ症候群」は、老若男女問わず、全員にあてはまることなのです。
人名や地名がすぐに思い出せなくても、人に言われて「それ、それ!」とスッキリできるのであれば、脳の中ではちゃんと覚えていたわけですから、問題ありません。記憶はあるのだけれど、たまたまうまく引き出せなかっただけなので、気にしなくて大丈夫です。