脳科学・脳の健康

エピソード記憶と意味記憶の違い・具体例…効率的な暗記に役立つ方法も

【脳科学者が解説】記憶は大きく短期記憶・長期記憶に分けられ、さらに陳述記憶・非陳述記憶・エピソード記憶・意味記憶に分類できます。中でも私たちが日常で意識しやすいのは「エピソード記憶」と「意味記憶」です。実はこの2つの違いを理解しておくと、役立つことがたくさんあります。違いと具体例、活用法をわかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

記憶の分類……短期記憶・長期記憶・陳述記憶・非陳述記憶・エピソード記憶・意味記憶

短期記憶や長期記憶……記憶にもさまざまな種類の記憶がある

短期記憶や長期記憶……記憶にもさまざまな種類の記憶がある


「記憶」にはいろいろな種類がありますが、覚えている時間によって、大きく「短期記憶」と「長期記憶」に分けることができます。

初めての電話番号を見て電話をかけるとき、私たちはその数字の並びを一時的に覚えて電話機のボタンを押します。しかし、電話をかけ終わって5分くらい経過したときには、もうその番号が頭から消えてなくなっています。これは「短期記憶」です(詳しくは、「マジカルナンバー7とは? 短期記憶の特徴・時間・容量」をお読みください)。一方で、同じ電話番号に毎日繰り返し電話をかけていると、いつしかその番号を忘れなくなり、電話帳を見なくても電話をかけられるようになりますね。これが「長期記憶」です。「長期記憶」は、脳の特定領域にちゃんと保存され、原則一生消えずに残るものです。また、必要に応じて思い出し利用することができるのも、長期記憶の特徴です。

また、「長期記憶」と一言で言っても、その中には内容が異なるものがあり、さらに細かく分類することができます。ちゃんと言葉に言い表すことのできる形のものは「陳述記憶」、言葉に言い表すことのできない形のものは「非陳述記憶」と分けられます。たとえば、「昨日家族で温泉旅行に出かけて楽しかった」とか、「徳川家康が江戸幕府を開いたのは1603年だ」といった事柄は、ちゃんと正確に言葉で伝えられますから「陳述記憶」です。一方、ベートーヴェンのピアノソナタの弾き方を覚えているというとき、その中身を言葉だけで伝えるのは無理ですから「非陳述記憶」です。

さらに、今挙げた「陳述記憶」の例の2つは、言葉で表現できる点では共通していますが、何かちょっと違いますね。「昨日家族で温泉旅行に出かけて楽しかった」の方は、自分が体験した出来事、いわゆる思い出です。覚えようとしなくても自然と頭にずっと残っています。このような思い出の記憶は、一般に「出来事記憶」または「エピソード記憶」(英語では episodic memory)と呼ばれます。一方、「徳川家康が江戸幕府を開いたのは1603年だ」の方は、自分とは直接関係がないけれど、知っていた方が役に立つから覚えておこうと思って暗記することですね。いわゆる知識の丸暗記で、一般に「意味記憶」(英語では semantic memory)と呼ばれます。

この「エピソード記憶」と「意味記憶」は、私たちが日常生活の中で最も意識できる記憶の形であり、その違いを理解しておくと役立つことがたくさんありますので、今回はこの2つの記憶について詳しく解説します。ここまで説明した記憶の分類法と、エピソード記憶と意味記憶の位置づけを下の図にまとめておきましたので、参考にしながら読み進めてください。
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記憶の分類におけるエピソード記憶と意味記憶の位置づけ

 

エピソード記憶と意味記憶の違い・具体例

エピソード記憶は、陳述記憶の一つで、主に「自分が体験した出来事に関する記憶」であり、その出来事の内容 (何をしたか)に加えて、日時や場所などの付随情報やその体験によって何を感じたかといった感情も含めて記憶されることが最大の特徴です。上で挙げた「昨日家族と温泉旅行に出かけて楽しかった」といった思い出は、まさに典型例です。

ただし、エピソード記憶に含まれるのは、過去の出来事だけとは限りません。たとえば「明日10時に公園で待ち合わせることを友達と約束した」という場合、未来の出来事が含まれています。しかし、よく考えてみると、その内容を「約束した」のは過去のことですから、これも自分が体験した出来事の記憶、すなわちエピソード記憶に相当します。まだ起きていないことだけど楽しみでワクワクするーといった感情が含まれている点でも、まさにエピソード記憶の定義にあてはまっています。

一方の意味記憶は、同じ陳述記憶でも、自分に直接関係のない事柄の記憶です。たとえば、日本全国の都道府県名をすべて丸暗記しているとか、掛け算の九九を暗記しているといった、いわゆる「知識」に相当します。今すぐ自分が必要としていなくても知っておいた方が役立つだろう(学校の勉強では無理やり覚えさせられるので「何のために覚えなきゃいけないの」と愚痴りながら丸暗記したことが多いですが…)ということで、意識して頭に刻みんだ記憶ですね。いつどこで覚えたかという情報は要りませんし、そこに何の感情も伴っていないという点でも、意味記憶はエピソード記憶と区別されます。
 

他人事か実体験か……内容だけでは分類できないエピソード記憶と意味記憶

上の説明によると、エピソード記憶と意味記憶は、覚える内容によって分けられると思われますが、実はそうとは限りません。

たとえば、2005年のプロ野球ペナントレースでは阪神球団がセリーグ優勝を果たしたという内容があります。私自身は、とくに阪神ファンというわけではありませんから、この内容は歴史上の出来事に過ぎず、知識として覚えているだけです。つまり、意味記憶です。しかし、熱狂的な阪神ファンの方にとっては、自分の人生を彩る重要な出来事になっているはずです。つまり、エピソード記憶として覚えているわけです。

もう一つ例をあげると、「昨日山手線で人身事故があった」という内容をニュースで見聞きしただけだと、それを知っていることは意味記憶に過ぎません。しかし、まさにその山手線の事故の影響で電車内に閉じ込められたという体験をした方にとっては、エピソード記憶となります。

つまり、同じ内容でも、単なる他人事なのか、自分の体験として結びつくのかによって受け取り方が変わり、エピソード記憶になる場合と意味記憶になる場合があるのです。
 

効率的な暗記にも役立つ! 「エピソード学習」のすすめ

エピソード記憶(思い出)は、自分に直接関係したことで、時間情報・場所情報・感情体験を伴っていますので、あまり意識しなくても頭に残りやすいですし、かつ思い出しやすいという特徴があります。

意味記憶(知識)は、自分に直接関係ないことで、時間・場所・感情を伴わないので、覚えようと意識しないとなかなか頭には残りませんし、せっかく覚えた内容でもなかなか思い出せないとことがあるというのが特徴です。

吊り橋効果で記憶力が上がる?強い体験ほど忘れない理由」で解説したように、感情によって記憶が強化されることが知られていますが、感情を伴った体験の記憶こそがまさに「エピソード記憶」です。

ですので、みなさんが何かを覚えるときに、それがエピソード記憶になるか意味記憶になるかは、覚え方次第ということです。これを理解しておくと、学校での勉強や仕事上の約束事など、効率よく覚えて、かつ思い出せるようにしておきたいときのコツとして、大いに役立つことでしょう。私は、大学の授業で学生たちに効率的な暗記のコツとして「エピソード学習」という方法を伝授していますが、その詳細は、また別記事で詳しくお話ししましょう。
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