全社員一律に給与が引き上げになるわけではない
では、ファストリはこのようなリスクをどのように考えて、給与の大幅な引き上げを決断したのでしょうか。ユニクロを展開するファーストリテイリングが給与引き上げを発表しましたが、そのからくりとは?
当然、評価制度、給与制度を事前に改定しておく必要があるわけですが、制度改定について従業員の了解を得ていれば、給与決定に際して先の10%ルールの適用外とすることができるということは押さえておきたいポイントです。
このような評価・給与制度は、一般に「成果主義」と呼ばれています。実は成果主義は今からさかのぼること20数年前の我が国で、バブル崩壊後に訪れた金融危機による不況脱却策として大手企業がこぞって移行を試みたことがありました。
しかしこの時は、終身雇用、年功制に長年どっぷりと浸かってきた日本の大企業にいきなりはなじまず、従業員を個人主義に走らせ組織の円滑運営に支障をきたすような事態も多発して、多くの企業では長期的視点でのソフトランディング的制度変更へ方針転換したという経緯があります。
そのような中で今般のファストリのように、制度見直しをベースとした給与体系の大幅な見直しが可能になった背景には、コロナ禍でのテレワーク定着により働き方の多様化が進んだことがあります。
すなわち大企業を中心として、担当職務を職務記述書で明確化し、その遂行・達成度合いで評価する「ジョブ型雇用」導入の土壌が整ってきたことが、「与えられた具体的ミッションを遂行できた人に、今まで以上に高い給与を払う」新給与制度導入の流れを後押ししたといえるでしょう。
頑張れば給与が大幅に上がる給与制度がモチベーションとなって業績が伸展し、最終的に企業利益が増すならば、企業経営と従業員の間にはWIN-WINの関係が成立します。長らくのデフレ経済の影響もあって企業経営はとにかくコストダウンばかりに目を奪われ、頑張っても給与が上がらない状況が続いていましたが、このような評価・給与制度の変更によって長年続いた負のスパイラルからようやく脱することができそうな気配を感じます。
しかし問題は中小企業です。ジョブ型雇用への移行を軸とした評価・給与制度の導入がない単純な給与引き上げでは、単に給与支払い負担が増え、業績悪化時のリスクが大きくなるばかりです。中小企業では雇用形態の多様化対応も難しく、大企業のような対応が可能であるのかといえば、簡単にはいかないのが実情でしょう。
今、ファストリをはじめとした大企業は、続々と給与引き上げに動き出していますが、国内全従業者の7割以上の勤務先である中小企業における給与の引き上げは、引き続き厳しい状況にあることは間違いありません。
参考
※1:日経経済新聞 2023年1月20日(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC17D8C0X10C23A1000000/)
※2:労働基準法(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049)