今回ピックアップしたのは、阿部サダヲさん主演の『アイ・アム まきもと』です。 2022年、阿部サダヲさんの勢いが止まりません! 極悪殺人鬼を演じた『死刑にいたる病』では、人の心をコントロールするサイコパスな男を笑顔で演じ切り、日本中を震撼させましたが、今回の『アイ・アム まきもと』では、心優しい市役所の職員役。これもまた最高で、クスッとさせながらも泣かせてくれるんですよ。では、そんな阿部さんの魅力とともに、この映画の見どころをご紹介していきます。
原作はイギリス・イタリアの合作映画『おみおくりの作法』
『アイ・アム まきもと』はウベルト・パゾリーニ監督&脚本による『おみおくりの作法』(原題『STILL LIFE』)をベースにした日本版リメイク作品です。 主人公の牧本(阿部サダヲ)は、市役所の福祉局「おみおくり係」に勤務。身寄りなく孤独死した人を無縁墓に埋葬するのが仕事です。ところが、彼は故人を思いやる心が深く、事務的に無縁墓に埋葬しません。自費でお葬式をあげ、遺骨は市役所内に保管。そして、「遺族が取りに来るかもしれない」と埋葬を引き延ばします。「きっと家族に会いたいだろう」「家族のお墓に入りたいだろう」と死んだ人の思いに寄り添う牧本。よく言えば、とても丁寧に仕事をしているのですが、市役所としては遺骨は溜まっていくし、効率が悪くてたまらない。そしてついに、新しい局長から「おみおくり係」の廃止を告げられるのです。 ストーリーはオリジナルに忠実ですが、『おみおくりの作法』の主人公ジョン・メイ(エディ・マーサン)のキャラと牧本(阿部サダヲ)のキャラはだいぶ違います。ジョン・メイは几帳面で生真面目で静かな男。牧本は、几帳面なところは一緒ですが、人とのコミュニケーションに難があり、人と話すときにあたふたしている印象です。
また、牧本は自分が分からないことに対して「なんでですか?」「どうしてですか?」と相手を質問攻めにする割に、人の話を聞いていなかったり、ちょっと挙動不審なところもあったりします。このオリジナルからのキャラ変が、日本版の特徴。キャラ変することで、コメディーに舵を切るという賭けに出たのです。そして、その賭けは、阿部サダヲを主演に据えたからこそ、できたことかなと思いました。
牧本の迷惑な言動を笑いに変える「阿部サダヲの魔法」
阿部サダヲさんは、ちょっと風変わりな人を魅力的に演じるのがめちゃくちゃうまい俳優です。牧本は孤独死した人に思いを馳せるいい人ですが、ちょっと困ったいい人。孤独死をした人への思いが強すぎて、仕事仲間への配慮が少々欠けているんですよ。その迷惑は警察にも飛び火……
。ひとりの死に時間をかけすぎるので、警察には孤独死した人のご遺体が何体もずーっと安置されたまま。で、警察の担当者(松下洸平)にブチギレられるという……。
そんな風に、あちこちに迷惑をかけているのに、本人は迷惑をかけていると思っていないし、全くやり方を変えるつもりもない。一緒に仕事をしていたら、筆者なんてせっかちだから、イライラしちゃうに違いないと思いましたよ。 でも阿部さんは、そんな牧本の「なぜですか?」というピントの外れた質問も、他人に理解できない行動も、全て笑いに変えてしまうことができるんです。爆笑というより「クスッ!」と笑いが漏れる感じですかね。特に松尾スズキさんとの掛け合いは、個人的にツボでした!
安心してあの世に行かせてくれる人
映画の中で、福祉局の局長が牧本に「お葬式は亡くなった人のためではなく、遺族のためにするものだ」と言うシーンがあります。牧本が「亡くなった人の思いは?」というと彼は「亡くなった人に思いなどない」と言い切ります。局長は立場上、仕事の効率化を考えなくてはいけない。おそらく、亡くなったら、もうご遺体は抜け殻という解釈なんでしょう。 でも、みんなが局長のような考えだったら、どこか殺伐とした気持ちになってしまいそう。孤独死した人の魂もやり切れないなあと思いました。もしも自分がひとりぼっちで死を迎えたとしたら、牧本みたいな人に担当になってほしい。亡くなっても大切に扱ってくれて、歩んだ人生に思いを馳せてくれて。ありがたいじゃないですか。安心してあの世に行けると思うんです。孤独な人の気持ちが分かるのは、自分自身が孤独な人だから?
牧本がここまで人の死に寄り添えるのは、おそらく彼自身も孤独だから、なのではないかと思います。孤独死した人に自分を重ね合わせているところがあるのかなと。だからちゃんと送ってあげたいのでしょう。
全編、孤独や死が横たわっている作品ですが、牧本のキャラのおかげで、とても心が温かく優しい気持ちになれる『アイ・アム まきもと』。原作の『おみおくりの作法』と見比べてみるのもいいかも! オリジナルに敬意を払った日本版リメイクであることが分かると思いますよ。
【作品情報】
2022年9月30日(金)公開
監督:水田伸生
脚本:倉持裕
原作:ウベルト・パゾリーニ『STILL LIFE』
出演:阿部サダヲ、満島ひかり、宇崎竜童、松下洸平、でんでん、松尾スズキ、坪倉由幸(我が家)、宮沢りえ、國村隼
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
(C)2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会
【斎藤香のプロフィール】
集英社の芸能誌でフリーの編集者として活動後、ライターとして集英社のMyojo、セブンティーン(Seventeen)、LEE、MEN'S NON-NO(メンズノンノ)、扶桑社のCaz、LUCi、EFiLで映画レビューや人物インタビューを執筆。その後、集英社のロードショーのフリー編集者として休刊まで勤務。休刊後は再びフリーライターとして、映画プログラム、PR誌、WEB媒体、Pouch、ハルメク、saita、集英社オンラインなどで取材・執筆中。