泣き上戸、笑い上戸…飲むほど増えがちな言動の乱れ
「普段はおとなしいのに、お酒を飲むと人が変わる」 そういったトラブルはなぜ起きるのでしょうか?
お付き合い程度にお酒が飲めるという平均的な人の場合、だいたいビール大瓶1本くらいに含まれるエタノールを摂取すると、陽気な気分になり、会話もはずんできます。一般的には、これくらいがお酒を楽しむ適量です。
ところが、ビール大瓶3本くらいになると、気が大きくなり、大声でがなりたてたり、怒りっぽくなったりします。人によっては、急に泣き出したり、笑いが止まらなくなったりと、本能的な感情があらわになります。さらに飲み続けてビール大瓶4~6本になると、千鳥足になったり、1つの物が2つ以上に見えてしまったり、ハアハアと息が切れやすくなり、吐き気もしてくるなど、不調が現れます。「酩酊期(めいていき)」と呼ばれて、すっかり酔っぱらった状態です。
それ以上飲むと、まともに立てなくなり、意識もはっきりしなくなります。ひどい場合には、急性エタノール中毒で死んでしまう危険もあります。
酔って性格が変わるのはなぜ? 原因は脳に作用するエタノール
お酒に含まれていて私たちを酔わせる成分は、アルコールの一種である「エタノール」です。エタノールは脳に作用すると、麻酔薬のように神経を麻痺させます。しかし、脳全体にエタノールが行き渡っても、すべての場所が同じように麻痺されるわけではありません。脳の中にはエタノールに敏感で麻痺されやすい場所と、鈍感で麻痺されにくい場所があるのです。
脳の中でもっともエタノールに敏感なのは、前頭前野です。次いで、他の大脳新皮質、大脳辺縁系です。脳幹は鈍感です。したがって、お酒を飲み進めていくうちに、前頭前野→他の大脳新皮質→大脳辺縁系→脳幹という順番で、段階的に脳が麻痺されていくのです。
お酒を飲んだときに、心や行動に現れる変化のパターンがみんな大体一緒なのは、私たち人間の脳のつくりが基本的に同じであり、エタノールによって脳の麻痺が進行する順番が決まっているからです。
エタノールで外れる脳のブレーキ…理性による抑えが利かない状態に
イヌやネコなど多くの動物は、知らない人や動物に出会うと、さっと身構え、相手を威嚇します。ときには大きな声で吠えます。本能的に、相手を攻撃することによって、自分を守ろうとするからです。こうした動物が共通して持つ攻撃的な本能は、脳の中の「大脳辺縁系」の働きによって生み出されます。人間でも動物のように、いきなり攻撃的にふるまう方もいますが、多くは、知らない人に出会うと、むしろ本能的な衝動を隠すことによって、自分を守ろうとします。たとえば、相手が見えていても見えないふりをしたり、怖いと感じでも逆に笑顔を見せたりします。このような、自分の本能的衝動を隠そうとする人間独特の反応は、脳の中の「前頭前野」の働きによって生み出されます。
私たち人間の大脳辺縁系は、動物とほとんど同じですから、人間も動物と同じような本能的衝動を抱いているのです。しかし前頭前野が発達しているため、人間はそうした衝動を「理性」によって抑え込むことができます。
たとえば、無口な人だからといって、何も考えていないとは限りません。本当は言いたいことがあっても、前頭前野が担う「理性」の働きによって「言わないほうがいいだろう」と考えて、余計なことを言わないように抑えているだけかもしれません。ところが、前頭前野はとてもエタノールに敏感で、お酒を飲み始めると一番初めに麻痺します。そうすると、理性によるブレーキがかからなくなり、普段は抑えていたことが、そのまま口からすべって出てきます。普段は物静かなのに、飲むと「おしゃべり屋」に変わる人がいるのはそのためです。
お酒の失敗で現れるのは「元の性格」…後悔する前に飲酒量はほどほどに
よく「普段は良い人なのに、お酒を飲むと性格が変わる」などと言われることがあります。しかし脳科学的に見ると、実はそうではありません。性格そのものはお酒で変わらないからです。お酒を飲んだときに見られる言動は、その人が元々持ち合わせている「本音」や「本性」と言えます。お酒を飲んでいないときは理性でそれを抑え込んでいただけで、お酒を飲むと抑えきれなくなって、本性が出てしまうということです。「お酒の失敗」がある人は少なくないかもしれませんが、失敗を繰り返して自己嫌悪に陥らないためには、飲酒量をほどほどにするなど、理性があるうちにお酒の量を調整することも大切です。