実は解明されていない? お酒を飲むと酔うメカニズム
お酒を飲むと酔う―。当然のことのようですが、実はアルコールと酔いの仕組みは十分に解明されていません
お酒の歴史は古く、紀元前8500年の古代メソポタミアですでに作られていた記録が残っています。人類はパンを発酵させたり、果実や米を発酵させたりと試行錯誤を繰り返しながらお酒を作る技術を確立しつつ、お酒にまつわる文化も生み出してきました。
そんな長い歴史があるのにもかかわらず、科学が進歩した現代でも、どのように効いているのか、まだまだ解き明かせていない謎がたくさん残っているというのは意外ですね。
麻酔薬のような効果を脳にもたらすエタノール
「アルコール消毒が効くのはなぜ?」で詳しく解説しましたが、エタノールには、水と油を馴染ませる作用や、脱水作用があることがわかっています。私たちがお酒を飲んだ時に生じる「酔い」にも、こうした作用が関係しているのでしょうか?昔は、これらの作用によって酔いの仕組みを説明しようとした試みもありましたが、私たちが口にする飲料のエタノール濃度は、だいたい5~15%で、どんなに強い醸造酒でも50%程度です。消毒効果が期待される70~80%のエタノールを口にしたら、口内の粘膜がやられてしまい、飲んで楽しむどころではなくなってしまいます。消毒薬としてのエタノールの作用と「酔い」をもたらす作用は、別物だと考えるべきでしょう。
適量のお酒を飲んだ時に現れる作用はまだ解明されていないと書きましたが、まったくわかっていないわけではありません。少なくともその効果は、「麻酔薬」と同じと考えてよさそうです。
お酒を飲むと、エタノールが胃や腸から体内に吸収されて血流に入り、全身をめぐるうちに脳に到達し、脳の中に分布する神経細胞の働きを抑えます。つまり麻酔効果にもつながる作用が推定されます。ただし、外科手術に用いられる本物の麻酔薬は、少量でも完全に痛みや意識を失うレベルまで神経麻痺を生じさせますが、エタノールはそこまで強くありません。ゆっくり少しずつ飲むのであれば、意識を失うことなく、ほろ酔いの状態を楽しめるというわけです。
エタノールのターゲットとなるのは「神経細胞」と「シナプス」
脳は、たくさんの神経細胞が集まってできています。その神経細胞どうしは、「樹状突起」と「軸索」という2種類の神経突起を使って、ネットワークを作り、情報のやり取りをしています。まさに、あなたがいま使っているインターネットのような情報網が、あなたの頭の中にもあるのです。また、ある神経細胞の軸索の末端(出力端子に相当するもの)と、別の神経細胞の樹状突起(入力端子に相当するもの)は、非常に近距離に接近して「シナプス」と呼ばれる構造を形作っています。詳しくは、「まるで脳内のインターネット!?シナプス伝達で会話する神経細胞たち」をご覧ください。軸索の末端から「情報伝達物質」と呼ばれる分子が放出されると、別の樹状突起の上にある「受容体」がそれを受け取って、情報が伝わります。
お酒に含まれるエタノールは、こうした脳の神経ネットワークで伝わる情報の流れをどこかで絶つことによって、麻痺を生じさせているに違いありません。これまでの研究により、エタノールが作用しているのは、主にシナプスだろうと考えられています。特にシナプスで伝えられる情報の受け手である「受容体」の働きを変えてしまうようです。
神経のアクセルとブレーキの両方に影響するエタノール
脳の中で働く神経伝達物質には、興奮性のものと抑制性のものがあります。代表的な興奮性神経伝達物質としてグルタミン酸、代表的な抑制性神経伝達物質としてGABA(γ-アミノ酪酸)が知られており、それぞれのシグナルを受け取る受容体は、それぞれ「グルタミン酸受容体」、「GABA受容体」と呼ばれています。エタノールは、興奮性のシグナルを受け取るグルタミン酸受容体の働きを邪魔するとともに、抑制性のシグナルを受け取るGABA受容体の働きを強めます。車に喩えると、アクセルがかからないようにするとともに、ブレーキが強くかかるように変えてしまうのです。そうすると、脳が活動しなくなるので、感覚や体の動きが鈍くなった麻酔状態が生じるというわけです。
ただ、お酒を飲んだときには、その時の体や心の状態や、飲んだ量やペースに応じて、いろいろなことが起こりますね。それらの一つ一つがエタノールのどういう作用で引き起こされているのかまではまだ説明ができないのです。