自分がそうだと告げれば罵倒され、世間から嘲笑され、会社をクビになり、親から勘当される。みなさんは、そんな経験をしたことがあるでしょうか。冗談じゃなく、80年代まで僕らゲイはそんな境遇に置かれていたんです。
そんな世間で同性愛が異常だと見られていた時代に、男の子どうしのリアルな恋を青春小説として描いた奇跡のような作品が、『無花果少年と瓜売小僧』(講談社 刊/橋本 治 著)でした。
著者が学生のころ、まさに男の子どうしの「世間的に許されない恋」に悩んでいた頃のエピソードにからめてご紹介します。
あの頃、ゲイが幸せになれるはずがないと思ってた
1989年、僕はせっかく京大に受かったのに、どうせ自分には未来なんて無いのだろう、世間に認められるようなこととは無縁の人生だろうと思い込み、学校と夜の世界との二重生活を送っていました。大学2年の時、初めて「この人となら幸せになれるかもしれない」と思えるような人と出会い、世間の目を気にしながらも、つきあい始めたのです。
シゲさんというその人は、僕に絵画の観かたやオペラの聴きかたを教えてくれたり、哲学を語ってくれたりするような、素敵なお兄さんでした。でも、周囲からの結婚圧力に悩んでいて、時々つらそうに見えました。
僕らは、この先も関係を続けていけるんだろうか……せっかく恋人ができたばかりなのに不安がよぎってしまう。そんな時代でした。
同性で愛し合ってもいいと背中を押してくれた
ある日僕は、シゲさんの家の本棚から、橋本治の『無花果少年と瓜売小僧』という小説を発見しました。早くからゲイだと自覚して「夜の世界」も知っている、大人びて見えるけど本当はナイーブで傷つきやすい少年・木川田源一(瓜売小僧)と、何にも考えてなくてただ木川田くんを好きってことだけは確かな美少年・磯村薫(無花果少年)。高校の同級生だった二人は、卒業後も仲良しで、磯村クンが進学した中央大の近くの「高幡不動」という町で一人暮らしを始め、そこに木川田クンが転がり込んで同棲が始まり……。
僕は夢中で読み、すぐに大ファンになりました。暗闇の中に光明を見た思いでした。
恋のような友情のような青春の日々……その作品世界にどっぷり感情移入しまくって、なんとか二人とも幸せになってほしい、と祈りながらページをめくったものです。
この作品は、僕らの希望であり、木川田クンと磯村クンは(著者の治さんも)、僕らのヒーローでした。
「聖地巡礼」したくなる本
そんな僕らが東京に遊びに行った時、真っ先に訪ねたのは、作中で二人が同棲する「高幡不動」でした。「ホントに何もない町だね」
「二人が住んでたのは、この辺かな?」
とか言いながら、ぶらぶら歩くだけの「聖地巡礼」。それでも僕らは大満足でした。あの日のことは一生忘れないと思います。
いろいろあって、シゲさんとはもう別れてしまったのですが、あの時『無花果少年と瓜売小僧』に出会っていなかったら、世間の「白い目」に負けて、つきあいを続けられなかったかもしれない、今の僕は無かったかもしれない、と思います。
当時、そういうふうに励まされたゲイの人がたくさんいたはずですし、今でもきっと同じだと思います。
残念ながら著者の橋本治さんは亡くなってしまったけど、木川田クンと磯村クンの物語は、全国の悩める同性愛者や、ボーイズ・ラブのファンのために、これからも永遠の輝きを放ち続けると信じています。
セクシュアルマイノリティ当事者だけでなく、『おっさんずラブ』『女子的生活』などLGBTが描かれたクィア・ドラマにハマったストレート女性にもオススメです。
DATA
講談社 | 『無花果少年と瓜売小僧』
著者:橋本 治
出版社:講談社
発売年:1988年6月
判型:文庫/Kindle版