ミュージカル/注目のミュージカルレビュー・開幕レポート

『ラブ・ネバー・ダイ』めくるめく愛憎劇をひも解く(5ページ目)

あの『オペラ座の怪人』の“10年後”を描いた究極の愛憎劇が、5年ぶりに再演。A・ロイド=ウェバー渾身作の魅力を、出演者インタビュー、製作発表&観劇レポートで多角的にご紹介します。記事は順次追加掲載してゆきますので、どうぞお楽しみに!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

クリスティーヌ役・濱田めぐみさんインタビュー

濱田めぐみ 福岡県生まれ。95年から10年まで劇団四季に在籍し、『美女と野獣』『アイーダ』『ライオンキング』『ウィキッド』など様々な作品でヒロイン役を演じる。退団後も『ボニー&クライド』『アリス・イン・ワンダーランド』『シラノ』『ラブ・ネバー・ダイ』『カルメン』『メリー・ポピンズ』等で活躍。本作の後、『レ・ミゼラブル』が控えている。(C)Marino Matsushima

濱田めぐみ 福岡県生まれ。95年から10年まで劇団四季に在籍し、『美女と野獣』『アイーダ』『ライオンキング』『ウィキッド』など様々な作品でヒロイン役を演じる。退団後も『ボニー&クライド』『アリス・イン・ワンダーランド』『シラノ』『ラブ・ネバー・ダイ』『カルメン』『メリー・ポピンズ』等で活躍。本作の後、『レ・ミゼラブル』が控えている。(C)Marino Matsushima

シリーズ第四回はクリスティーヌ役・濱田めぐみさん。等身大の女性からファンタジーのキャラクターまで、鮮やかに演じ分けてきた濱田さんですが、本作のクリスティーヌは、初めて接するタイプの役柄だったのだそう。ある意味、クリスティーヌがクリスティーヌであったがゆえに起こってしまった悲劇とは?
 
演じる自分を常に外側から見ることを学んだ日本初演
 
――濱田さんにとって、本作のクリスティーヌはどんな役でしょうか?
 
「今回、再演にあたって台本を読み直して、クリスティーヌという人物の性質は私の中に全くないな、と改めて思いました。『メンフィス』や『ジキル&ハイド』で演じた役柄のように、普段は自分の中にあるものを肥大させて役を表現していくことが多いのですが、本作のクリスティーヌの場合、雲をつかむような感じで、“こういう考え方をするんだな”と逆に新鮮に思える役なんです。
 
それはおそらく、(作者である)男性から見た女性像ということなのでしょうね。女性ってこうなんじゃないかという部分が多くて、普通の女性の感覚ではなかなかつかみとりづらい部分があります。
 
そういう意味で、クリスティーヌは“芝居をしている自分を客観的に、冷静に見る”ということを覚えた役です。他の役では、役に思いっきり入り込んだり、時にはそこから出たりしながら芝居を立たせていきますが、この役に関してはほぼほぼ、自分の演じるクリスティーヌを“うまく操っていく”という感覚なんですね。役の中に入り込むということはほとんどなく、冷静に彼女の意識を追って行く。
 
そういう引き出し、テクニックが身に付いたのに加えて、ソプラノボイスを経験させてもらって、オペラの方が歌う喉のポジションが“あ、ここ?”というのが分かりました。自分を第三者から冷静に見つめることのできた役でした。
 
個人的には、クリスティーヌっていろいろな危機に巻き込まれて大変な目に遭っているなとか(笑)、何を考えているのかなというふんわりしたものを感じる役ですよね」
 
クリスティーヌが本質的に抱える“危うさ”
 
『ラブ・ネバー・ダイ』

『ラブ・ネバー・ダイ』クリスティーヌ(濱田めぐみ)


――確かに『オペラ座の怪人』のクリスティーヌにはふんわりしたというか、白昼夢を観ているような空気感がありますが、続編でもそう感じられますか?
 
「“ふわ”、なままだと思いますね。彼女は『オペラ座の怪人』事件から10年間、ラウルとの結婚生活のなかでお金のやりくりをしたり、日々、ある人物に顔が似てくる息子を、旦那さんは全く気が付いていないという良心の呵責がある中で育てています。
 
そういう状態で過ごしてきた彼女が、ここでまたあのきらびやかな(彼の音楽の)世界に連れ戻される。歌い続けてはいたけれど、ファントムの曲に触れることで、パンドラの箱が開く。それはふんわりしている彼女だからこそ、起きてしまったことだと思うんです。
 
危険な言い方かもしれませんが、恐れずに言えば、もし分別をわきまえて、先のことまで計算して生きていれば、いろいろなことがこんなにこじれなかったのではないでしょうか。クリスティーヌだからこそ引き寄せてしまう何かがあって、それが彼女の魅力でもあり、危なさでもある。『オペラ座の怪人』ではドリーミーに幻想的に描かれている“ふんわり”がそのまま現実に降りてきたことで、大きなひずみが生まれたのかなという気もしますね」
 
『オペラ座の怪人』と本作の間のギャップの解釈
 
――『オペラ座の怪人』ではふわ、ということで受動的な人物に見えていたクリスティーヌですが、本作では……。
 
「そこなんです!」
 
――(ネタバレ回避のため詳細は避けますが)そうではなかったと判明。ちょっと意外に感じられました。
 
「私もそこが意外でした。どうしてそうなるのか、あるいは前作とはある程度設定を変えているのかといろいろ考えましたね。日本で上演するにあたっては日本のお客様の感性や文化もありますし、このギャップをどう“寄せる”のか、というのが今の課題でもあります。
 
思うに、登場人物たちの中で、記憶の三分の二は同じだけれど、三分の一は10年の間にマジックのように変わっていったのでしょうね。現実を現実ととらえている人、妄想が現実になっている人、夢だったことを現実に引き下げている人。それぞれにいろいろなことが起こって、10年後にNYで一堂に会した時に、“えっ”となる。
 
こういうことって、日常的にも起こりえますよね。自分の“今”を肯定するために、知らず知らず過去を捻じ曲げてしまう。歴史においても、誰かが言ってもいないことが言ったことにされているとか、(後世の人の都合で改変されることは)少なくないと思います。そう考えると、生々しくもこういうことが起こってもおかしくないと考えるようになりました」
 
――みんなの記憶が少しずつ違う、というのは怖いですね(笑)。
 
「10年間を早いと感じる人もいれば、ものすごく長い人もいて。ずっとクリスティーヌのことを思っていたファントムにとっては、50年に思えるくらい、10年間というのは長かった。そのいっぽうで、子供の10年間なんてあっという間だから、グスタフの10年はとても短いでしょう。そしてその姿を見ているクリスティーヌやラウルは、日常的な部分では早いけれどその他の部分については時を長く感じているかもしれない。
 
それぞれに感じ方が違う10年間を過ごしてきて、皆が再会するナンバーでは、“なつ~かしい~”と歌いつつも、どこかぎくしゃくしたものも描かれています。あれおかしいな、なんだろうこの違和感はというのがうまくメロディや歌詞にも含まれていて、そこまでロイド=ウェバーさんが意図していたとしたら、やっぱりこの人、創作者としてすごいなと改めて感じます」
 
“半音ズレ”の持つ意味
 
――彼の音楽は予期する音から半音ずれているとよく言われますが、その意図するものは何だと思われますか?
 
「歌っていて、次はこの音に行きたいと無意識に歌うと、音楽監督から“そこ半音高いよ、半音低いよ”と指摘されますね(笑)。この半音ずらしによって、予期せぬ感覚がふっと入ってきます。“え?”と不安な気持ちになって、また(メロディが)明るくなって、また(半音ずれることで)“え?”となって、不安定な人間関係と、なにかスッキリしない感じがはじめから終わりまで漂う。
 
それが本作の音楽の魅力でもあるし、中毒性といえるかもしれません。ポジティブなままで終わらせず、ファントムの思惑やラウルの不安、クリスの思い違い、メグやマダム・ジリーの思いといったものがすごく表現されていると思います。みんなの情緒が(この半音ずらしのテクニックによって)確実に変わります」
 
――今回、ご自身の中でテーマにされていることは?
 
「製作発表でもお話しさせていただきましたが、母性ですね。母性を知ったがためにクリスティーヌは、いろいろな出来事を引き寄せてしまう。優しさが仇になったり、母性がゆえに厳しくできず、結局つらい状況になってしまったり。
 
本人はわかっていないと思いますが、彼女のなかで母性が芽生えてしまったために立ち往生というか、予期せぬものに対してどうしたらいいかわからない、そんな戸惑いがもっとクリアに出せたらなと思っています。ぼんやりとではなく、彼女が悩みながらも必死に自分の人生をいきようとしている様を明確に出していきたいですね。そのなかで、息子のグスタフという存在は大きいと思います」
 
――歌唱については?
 
「もちろんソプラノ・ボイスを極めるというか、オペラティックな声をつくってみたいなという思いはありますね」
 
市村さん、石丸さんという二人の“太陽”
 
――二人のファントムとはどんな関係性が生まれそうでしょうか?
 
「前回は市村(正親)さんと鹿賀(丈史)さんがファントムということで、市村さんは太陽、鹿賀さんは月のような存在でした。市村さんは自らの光で輝いていて、それを浴びた私の後ろに影ができる。いっぽう鹿賀さんは光をあてるとよりいっそう輝く月のようなファントムで、こちらから投げ掛けることが多かったです。
 
今回の市村さんと石丸(幹二)さんは、お二人とも太陽。ただ、光の強さや角度、密度、大きさ、色、質感が全部違うと感じますね。ファントムとしての居方、考え方、ファントムとはという部分が根本から違うと思います。(『オペラ座の怪人』の)ファントムをへてファントムをやられる方と、ラウルをへてファントムをやられる方では、稽古をしていても、やはりアプローチが違いますね。
 
微細な部分ですが、微細だからこそ決定的に違う。そういったものをキャッチしながら、そのファントムに合ったクリスティーヌとなって、独特のペアをつくっていきたいですね。そしてそれは対ラウルにしても対メグ、マダムにしても同じです。(ダブルキャストに対して)同じに接するのではなく、それぞれに合ったクリスティーヌでありたい、と思っています」
 
――どんな舞台になりそうでしょうか?
 
「再演ということで二度目のメンバーが多いので、前回より深い形でお客様を作品世界に引き込めると思います。思う存分音楽を浴びて、どっぷり浸かって帰っていただきたいですね。怖がらずに『ラブ・ネバー・ダイ』の世界に飛び込んで来てほしいです」

*次頁でファントム役・石丸幹二インタビューをお届けします!
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