『オン・ユア・フィート!』観劇レポート
内気な少女が愛と信念に支えられ、“真のスター”になるまで
厚みのあるバンドのサウンドとともに、「コンガ」の一節を歌い始めるグロリアの声。華々しいライブ・シーンから始まるように見えて、場面はすぐに舞台袖でのグロリア・エステファン(朝夏まなとさん)と夫でプロデューサーのエミリオ(渡辺大輔さん)、そして息子ナイーブ(宏田力さん=ダブルキャスト)の日常的な会話へ、そして1966年の戦地ベトナムへとさかのぼります。そこにはカセットテープに吹き込まれた娘の歌声を繰り返し聴き、心を慰めるグロリアの父ホセ(栗原英雄さん)の姿が。“お前はいつか、スターになる。お前に会うのが待ち遠しい……”。 そのころグロリアたちが住んでいたのは、米国マイアミの団地。近所の男たちが怠惰に座っているのに対して、女たちは働き者です。幼いグロリアも洗濯ものを手にしているが、男たちの一人が歌い始めると、つい自分も歌い始める。(このリトル・グロリア役を演じるリチャーズ恵莉さん=ダブルキャストが、ラテンのバックビートをうまくとらえて歌っています)。人々もつられて踊っているうちに、グロリア役が少女から大人の女性(朝夏さん)へバトンタッチ、という演出が鮮やか。 それから間もなく、グロリアの家をエミリオという音楽プロデューサーが訪問。祖母コンスエロ(久野綾希子さん)が、孫のグロリアを推薦していたのです。彼に招かれ、バンドの練習場所に訪れたグロリアは、妹レベッカ(青野沙穂さん)とともに楽曲を披露。エミリオは彼女の才能にたちまち魅了されます。 グロリアは彼らのバンドに参加することになるも、母グロリア・ファハルド(一路真輝さん)は渋い表情。帰宅した母は戦場で傷を負った夫とTVを観ながら、グロリアが人前で上手に歌を歌ったことを話します。実は彼女にも昔、歌手を志した過去があったのです……。 「コンガ」をはじめとする楽曲の賑々しさゆえに“陽気なサクセスストーリー”が想像されがちな本作ですが、実際は主人公と周辺の人々のコンプレックスや忸怩たる思い、強い絆など、内面の描写もたっぷり。 特に今回の日本版では、序盤で孫の背中を押す祖母役の久野綾希子さん、中盤で(ものを言えない体となっても)嫁ごうとする娘にはなむけの言葉を贈ろうとする父親役の栗原英雄さん、終盤で娘に対する複雑な思いを克服し、無償の愛を溢れさせる母親役の一路真輝さんがそれぞれに味わい深い演技を見せており、むしろ人間ドラマとしての比重が大きく映ります。 もちろん、主人公グロリア・エステファン役の朝夏まなとさんも、太陽のような笑顔と抜群のスタイルが不世出のスター役にぴったり。実際はダンス巧者の彼女が、グロリアとしてデビュー前に必死に踊りの稽古をする場面では、絶妙な不器用ぶり(⁈)を見せ、歌唱では“グロリア・エステファンの声色”にとらわれない自然体の歌声が好感を誘います。 公私にわたるパートナーとなるエミリオ役の渡辺大輔さんは、やはり移民の子としてアグレッシブに生きることで渡り歩いてきたタフさを漲らせ、成功する音楽プロデューサーという役どころに説得力を与えていますが、グロリアとのデートシーンなどふとした場面でこの上なく優しい表情を見せ、ロマンティックな一面も。 1幕ではスターダムに上り詰めるグロリアですが、2幕ではハードなスケジュールで疲弊し、母親との関係は断絶。そんな折、彼らの乗った車が交通事故に遭い、グロリアは瀕死の重傷を負ってしまう。9時間に及ぶ手術を経て一命を取り留めるも、すっかり弱気になってしまった彼女を再び奮い立たせたものは……。 スターと呼ばれる人の等身大の内面を見せつつ、家族の絆を様々な感情を湧き上がらせながら描いてゆく本作。重みのあるラストナンバーが歌われた後には、華やかなフィナーレが。客席でもカラフルに、そしてシャープにペンライトが揺れ、フェスティブな空気感のなかで締めくくられる舞台となっています。 *次頁で『道』をご紹介します!