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『生きる』インタビュー&レポ、傑作誕生の予感

*観劇レポートUP!*黒澤明映画をミュージカル化した話題の新作『生きる』が、まもなく開幕。どんな舞台に仕上がってきているでしょうか。新納慎也さん・小西遼生さんや作曲家ジェイソン・ハウランドさんへのインタビュー、稽古場・開幕レポートを通して、誕生前後をレポートします!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

*最終ページに観劇レポートUP!*

2018年最大の話題作の一つ、『生きる』。世界的に有名な黒澤明監督の映画を、海外展開も視野に入れてミュージカル化するというプロジェクトは、内外から大きな注目を集めています。9月末、開幕を間近に控えた都内某所の稽古場では、日々ブラッシュアップが行われ、白熱した稽古が展開。どんな作品が生まれつつあるか、スタッフ・キャストへのインタビュー、稽古場レポートを通してご紹介します。
『生きる』

『生きる』

《目次》
  • 黒澤明映画『生きる』とは
  • 小説家役 新納慎也さん・小西遼生さんインタビュー
  • 作曲家 ジェイソン・ハウランドさんインタビュー(2頁
  • 稽古場レポート(3頁
  • 観劇レポート(4頁)  

黒澤明映画『生きる』とは

  『七人の侍』『羅生門』等で知られる世界的な映画監督・黒澤明が、1952年に発表し、ベルリン国際映画祭市政府特別賞を受賞した映画作品。胃がんで自身が余命いくばくもないことを知った公務員の男が、生きがいをみつけ、奔走する様が描かれます。寡黙な主人公役の志村喬による目で思いを訴えかける演技と、彼がしみじみと歌う「ゴンドラの唄」が観るものに強い印象を残しました。
 

新納慎也さん・小西遼生さんインタビュー

誰もが、きっと何かを持ち帰っていただける舞台です  
 (右)新納慎也 神戸市出身。近作に『パジャマゲーム』『パレード』『スルース~探偵~』等の舞台、TVドラマ『風雲児たち~蘭学革命篇~』など多彩に活躍。(左)小西遼生 東京都出身。近作に『フランケンシュタイン』『戯伝写楽』『魔都夜曲』等の舞台、 TVドラマ『ドクターX』などで幅広く活躍している。(C)Marino Matsushima

 (右)新納慎也 神戸市出身。近作『パジャマゲーム』『パレード』『スルース~探偵~』等の舞台、TVドラマ『風雲児たち~蘭学革命篇~』など多彩に活躍。(左)小西遼生 東京都出身。近作『フランケンシュタイン』『戯伝写楽』『魔都夜曲』等の舞台、 TVドラマ『ドクターX』などで幅広く活躍している。(C)Marino Matsushima

――お二人は映画版『生きる』は以前からご存じでしたか?
 
新納慎也さん(以下、新納)「僕はもともと映画俳優になりたいと思っていて、映画を勉強しようと、10代のころに観ていました」
 
小西遼生さん(以下、小西)「僕も映画が好きで、黒澤作品は昔に結構観ていましたが、黒澤映画の中でも『生きる』は最後の方に観たかな。その当時はタイトルで“重っ”と思って、気が引けてしまって」
 
新納「僕も当時、作品の真髄は理解できていなかったけれど、今回、改めて見返してみて、主人公を取り巻く人々を通した“社会ってこういうものでしょ”というシニカルな視点に大人になったからこそ気づきました。(黒澤監督は)“なんていう才能だ”と改めて思います」
 
”黒澤映画のミュージカル化”という発想への驚き
 
――その映画をミュージカル化すると最初に聞いた時は……?
 
新納「絶対失敗すると思いました(笑)。黒澤という世界的な名前を借りて、生半可なことをしたらあかん、と。黒澤映画のファンからすれば、ミュージカルというジャンルは対極にあるようなものじゃないですか。一番嫌われることじゃないかな、と」
 
小西「ミュージカルを観にいこうとなった時に、黒澤明の『生きる』というタイトルを見たら、しり込みする題材ではあると思うんですよね。あれだけ現場のリアリズムが大事にされていた黒澤映画をミュージカル化するというのは、ものすごく挑戦的だなと思いました」
 
――そういう作品に挑戦するというのは、大きな決断だったのでは?
 
小西「まあでも僕は新納さんほど、日本のミュージカル界のことをわかってはいないので(笑)」
 
新納「そうやって人を貶めるのやめて(笑)」
 
小西「いやいや、先輩ですし、日本のミュージカル界を盛り上げるタイミングで活躍されてきた方じゃないですか」
 
新納「ちょっと待って、そんな(年齢)変わらんからな(笑)」
 
小西「でも輸入ものではなく日本で素材を探してきて、ミュージカルという形で作品を創ることを考えた時に、黒澤映画ほど人の本質を突いている素材ってなかなかないかもとは思いました」
 
新納「4月に、その時点で書きあがった台本と音楽でワークショップをやってみようとなったときに、(蓋を開けたら)ちゃんとミュージカルになっていたんですよ」
 
小西「(台)本を読みこめば読み込むほどこの作品そのものがすごく面白いし、ジェイソンの音楽も(宮本)亜門さんの演出も含め、非常にクリエイティブな現場になっていて。きっと黒澤作品だからという気合もあると思うけれど、“絶対成功させよう”という空気になっています」
 
新納「この企画を考えた人は天才、と思いました。目の前にいるんですけど(笑)」
 
プロデューサーに訊く、『生きる』舞台化のきっかけ
 
――では梶山プロデューサー、なぜ『生きる』の舞台化を思いつかれたか、お教えいただけますか?
 
新納「俺も聞きたい」
 
梶山プロデューサー(以下、梶山P)「素材はずっと探していました。『デスノート』をやったので漫画からは一度離れようと思って、“世界の”と形容できるモチーフとして、例えばイチローさんだったり小澤征爾さんといった有名な日本人の物語を考えたり、有名な日本映画のDVDを次々見たり。映画は“ここにはこんな曲”“ここはこんな曲”とメモをしながら見ていったのですが、だいたい途中で止まっちゃうんです。例えば、このシーンがないと成立しないというシーンが100人のチャンバラで(ミュージカルでは表現が厳しいもので)あったりとか。
 
そんな中で、『生きる』は途中から“最後まで行けるかも”と思い始めて、ついにラストまで行きつくことのできた作品でした。興奮しましたね。テーマもいいけれど、ミュージカルとの相性がいいんです。一番感動的なところに音楽(『ゴンドラの唄』)が入っていて、少なくとも歌う必然性があるわけです」
 
――海外展開も初めから視野に入れていたのでしょうか?
 
梶山P「もちろんです。日本だけで作るにはあまりにもお金と手間がかかりすぎる。『デスノート』が韓国でも上演できたのは、僕らにとって大きかったですね。

ただ、その(海外進出の)話を抜きにしても、『生きる』については今、これ以上の作品は作れない、明らかに自分の演劇人生の最高の瞬間が訪れていると思えるほどの手ごたえがあります。稽古の度に、スタッフやキャストはもちろん、これまで見学に来た方みなさんが号泣していて、“なんだこんなものか”と帰られた人は一人もいません。ピアノ一台で、衣裳もない状態でこれなら、本番はどうなっちゃうんだろうというわくわく感でいっぱいです」
 
“小説家”が果たす役割
手ごたえたっぷりの稽古の様子をかわるがわる語って下さった新納さん(右)、小西さん(左)。(C)Marino Matsushima

手ごたえたっぷりの稽古の様子をかわるがわる、熱く語って下さった新納さん(右)、小西さん(左)。(C)Marino Matsushima

――新納さん・小西さんへの質問に戻りますが、新作ということで、ワークショップからこれまで、作品は紆余曲折を経てきたのでしょうか。
 
新納「最初のワークショップでは市村さんと小西君が読み合わせをして、僕と鹿賀さんはお客さんの立場で感想を聞かれ、ああだこうだとお話しました。その部分も取り入れて変えてくださったし、それから今までの間にずいぶん変わりましたね。昨日初めて歌った歌、言った台詞もあります。明日もきっと」
 
小西「変わりますね」
 
新納「映画をそのままやっているわけではないので、演劇的によりわかりやすく、演劇的な完成に向かって変わり続けているのだと思います」
 
――今回、お二人が演じるのは主人公・渡辺が居酒屋で出会う“小説家”。同時にストーリーテラーとして観客を劇世界に誘うお役目ですね。
 
小西「今回は物語の全てをつなげるために、小説家という人物が映画で言うあの役、この役も担っているねという部分がけっこうあります」
 
――一般的にストーリーテラーは、例えば『エビータ』におけるチェのように、客観的に物語を眺めていきますが、今回のお二人は小説家という役柄を演じながらということで、主観と客観をどんなバランスで使い分けていらっしゃるでしょうか?
 
新納「それは難しいところで、今まさに悩むべきところですね。自分自身の中でのバランスと同時に、作品全体のバランスも担う役目として、それは日々、対応しなくてはいけません。
 
イメージとしては(コーヒーカップのスプーンを持ち上げ、中心あたりを下から指で支えて)こういうことです。お芝居は総合芸術、集合芸術なので、支点が日々違うなかで、自分もそれに応じてバランスをとらなければならないし、ストーリーテラーは作品のカラーを左右する役目なので、何を一番フォーカスしたいのか、演出家に言われずとも自分で伝えていかなければいけない。すごくバランス感覚が試されると思っています。
 
そういう意味では、コニタン(小西さん)と僕では個性が異なるので、意図しない部分で違いが見えて面白いと思いますよ」
 
小西「渡辺というどこにでもいるごく普通の男の、死を前にした時の生き様に触れて、生きることの素晴らしさ、面白さをストーリーテラーとして、小説家として、“どうだい?”と皆様により濃くお伝えするのが役目かなと思っています」
 
鹿賀さん、市村さんとの“創造の場”が楽しくて仕方ない
 
――いろいろな見どころのある作品かと思いますが、その中でも特に“ここがいいのよ”という部分を挙げるとしたら?
 
新納「たくさんあるけれど、僕にとっては、シーンというより、鹿賀(丈史)さんがいいんですよ。初めてのリーディングが終わった時に思わずプロデューサーの腕をつかんで、“この状態のまま、鹿賀さんが舞台に上がればこの作品は成功です、僕の役なんてどうでもいい(笑)”と伝えました。
『生きる』

『生きる』渡辺勘治役・鹿賀丈史

鹿賀さん御本人にも“素敵すぎるって気付いてますか?(幕が開いたら)大事になりますよ、覚悟してくださいね!”と言ったほど。それくらい鹿賀さんが素敵なんです。
 
僕はお世辞が嫌いなので本当にいいと思わないと言わないけど、今回は思わずそう言いました。皆さんがこれまでご覧になってきた鹿賀さんの集大成であり新たな鹿賀さんであり、そのすべてではないかと僕は思います。スタッフ・キャストの一同が稽古場で涙して、口には出さないけど“鹿賀さんのためにやろう!”という空気感になっています。『生きる』じゃなくて『鹿賀丈史』というタイトルにしたいくらい(笑)」
 
小西「それなら僕は『市村正親』というタイトルにしたい(笑)。市村さんは、ご自身の中で役を消化されて、その感情を相手役に目で伝えてくる。一つシーンを挙げるとすると、居酒屋で小説家として渡辺と初めて出会うシーン。胃がんを宣告されて打ちのめされている渡辺が、これまで貯めたお金を出して、“使い方を教えてくれ”と小説家に言ってくる時の目といったら、本当に鬼気迫るものがあります。
『生きる』

『生きる』

そして市村さんは、他の役との関係性で生まれるものをとても大事にされているんだなと、稽古を重ねるたびに感じます。市村さんから投げかけられるものをキャッチして、そのエネルギーをしっかりと返す。そこで生まれたものが観ている方々に伝わる。その稽古が今は楽しくてたまらないですね。ですので、私は『市村正親』というタイトルで(笑)ご覧いただきたいと思います」
 
自分や、身近な人のこと。様々な思いが溢れてくる
 
――この作品のテーマ的な部分に思いを馳せることはありますか?
 
新納「この前、市村さんに“ご自身も胃がんを患われたことがあるなかで、こういう役を演じるのはどんな感じですか”とお尋ねしたら、“自分は初期だったのでよかったけど、同じ病気で亡くなった仲間がたくさんいるから、その思いを役に乗せたいんだ”というお話を稽古場の雑談の中でうかがったんですね。僕自身も家族がんになったりもしているので、病気で死んでいくということへの思いものせたいと思っています。
『生きる』

『生きる』小説家役・新納慎也

この作品に入ってから、取材で“新納さんにとって生きるってどんなことですか”とよく聞かれるけれど、そんなこと思ってみんな生きてるの?と思うんですね(笑)。今までの僕は目の前に与えられたことをやっていくのに必死で、特に大きな目標を持つこともなかった。でも何かを残さないといけないかもとか、だらだら生きていてはダメなのかもという危機感は持ちますよね。

無駄に過ごした今日という日が、別の人にとってはどうしても生きたかった今日だったかもしれない、とふと思いますし、そんな思いを乗せたいですね」
 
小西「僕はこの作品に関わって、自分の親のことをよく思い出します。昔、父が病気を患ったことがあって、それがわかった時、普段寡黙な父が“俺、死ぬのか、死ぬのか”とパニックになってしまったことがあって。
 
実際は大事には至らなかったのですが、その時の姿と『生きる』の渡辺が重なるんですよ。渡辺はほんの数分前まで、自分が胃癌だと気付いていなかった。それが突然、余命に気づく。でも、そんななかで渡辺は“生きるとは”を考え、生きた証を残したいと願い、ささやかな希望を見つけ生き抜く。あの時もし父が余命を宣告されていたらと思いますし、「生きる」を考えさせられます。
『生きる』

『生きる』

稽古を毎日観ているスタッフの人たちも稽古場で泣いてるんですよ。その人がこれまでどんな生き方をしてきたかなんて知らなくても、そういう人を見ると“この人はここに共感できる生き方をしてきたんだなぁ”と思えて、じーんとくるものがあります。皆さんも身近な大切な人のことを思い出して、観て頂ける作品だと思いますね」
 
今の日本の観客の琴線に触れる音楽にぐっと来ます
 
――ジェイソン・ハウランドさんの音楽はいかがですか?
 
新納「すごくキャッチ―でいいですね。最初、黒澤の『生きる』の舞台化なのに音楽を海外の方にお願いすると聞いて“なんで?”と思ったんです(笑)。僕はこのプロデューサーのやることに疑問を抱いては常にしてやられています(笑)。
 
でも、もしこれを日本人の作曲家に依頼したら、日本人であり、昭和であり、というところで固定概念が入りすぎて、ものすごく昭和テイストだったり演歌テイストになって、現代を生きているお客様に今一つ突き刺さらないものになっていたかもしれません。海外の作曲家が現代の感覚で音楽をつけることで、現代の僕らにダイレクトに伝わる。うまく考えたなぁ、と思いますね」
 
小西「『生きる』は“ゴンドラの唄”が有名で、あの曲の周りに置かれる音楽ってある意味プレッシャーだと思うんですが、彼の作る歌は心情が外れることなく、説明しすぎることもなく、物語を膨らませていく。そして日本人が聴いていて、日本人の琴線に触れる、例えば童謡を聴いているときのような懐かしさもあって。

一音のこだわりでぐっと感動させられる音楽を創っている人なんだなと感じます。もちろん、そこに高橋知伽江さんが歌詞をつけたり亜門さんが演出をされているから、という面もありますが、彼の音楽は、そこで観せたい、表現したいことが鮮明に見えてきます」
 
――どんな舞台になるといいなと思われますか?
 
新納「本作が海外展開をするかしないかというのは後の話で、とりあえずは日本のお客様に、『生きる』という話が伝わるといいなと思います。それプラス、これまではミュージカルというと一枚フィルターがかかっているというか、海外作品が上演されることが多くて、みんなでマイクとかベンと呼び合って金髪の鬘をかぶってという、ある種虚構の世界を楽しむことが多かったと思うんです。

それも僕は大好きだけど、日本の物語がダイレクトにミュージカル化された、そういう世界も楽しんで、そして誇りを持っていただけたら。ミュージカルは決して海外だけのものではないということをわかっていただけたら嬉しいですね。でもあくまでエンタテインメントですから、チケット代の分楽しんで、感動して何かを持ち帰っていただければ、それが一番です!」
 
小西「ご観劇頂く方にとって味わい深い作品になればと思います。今、ジェイソンさんの音楽によるブロードウェイの血、世界で活躍する宮本亜門さんのグローバルな感覚、色々な要素を取り込んで消化した、日本のオリジナル・ミュージカルが生まれようとしています。タイトルからは重いものをイメージされる方がいらっしゃるかもしれないけれど、リラックスして楽しんで頂ける、そして“人生って美しい”と感じられる作品になっていると思います」
 
公演情報 ダイワハウスpresents ミュージカル『生きる』10月8~28日=TBS赤坂ACTシアター

*次頁で作曲家・ジェイソン・ハウランドさんインタビューをお送りします!
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