ミュージカル/注目のミュージカルレビュー・開幕レポート

2018年9月の注目!ミュージカル(5ページ目)

残暑の候、ミュージカル界では話題作が次々、立ち上がってきています。今月も『シティ・オブ・エンジェルス』『マリー・アントワネット』はじめ、見逃せない舞台を紹介。取材記事や観劇レポートを少しずつ掲載していきますので、どうぞお楽しみに!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

二人の新プリンセスを迎える『マイ・フェア・レディ』

9月16~30日=東急シアターオーブ、以降・久留米、広島、大阪、愛知、大分で上演
 
『マイ・フェア・レディ』の見どころ
『マイ・フェア・レディ』

『マイ・フェア・レディ』左から寺脇康文さん・朝夏まなとさん・神田沙也加さん・別所哲也さん


ジョージ・バーナード・ショウの戯曲『ピグマリオン』をミュージカル化し、1956年にブロードウェイで初演。トニー賞6部門を受賞し、64年のオードリー・ヘプバーン主演映画版も有名な本作は、日本でも63年の初演以来、絶大な人気を誇ってきました。
 
16年の前回公演で通算1100回を超えたこの作品が、今回は朝夏まなとさん、神田沙也加さんをイライザ役に迎えて登場。思わず口ずさみたくなるフレデリック・ロウの美しい音楽に彩られ、男女の心の機微を時にコミカル、時にロマンティックに描く物語を、朝夏さんと相手役のヒギンズ役・寺脇康文さん、神田さんと同じくヒギンズ役・別所哲也さんの二組がどう見せるか。モノトーンでまとめた競馬シーンなど、上流階級のシックにして豪奢な衣裳も存分に目を楽しませてくれるでしょう。
 
観劇レポート:名作に“今”のスパイスを効かせた洗練舞台
『マイ・フェア・レディ』(C)Marino Matsushima

『マイ・フェア・レディ』特訓の果てにきれいな発音ができるようになり、歓喜にむせぶイライザ(朝夏まなと)とヒギンズ教授(寺脇康文)、ピッカリング大佐(相島一之)。(C)Marino Matsushima


舞台左右のバルコニーに分かれたオーケストラピットで、グレーの礼装の指揮者が立ち上がり、にこやかに一礼。指揮棒を振り始めると、さっそく「じっとしていられない」の旋律が響き、階下では少女が踊る間に次々とセットが変わってゆきます。
『マイ・フェア・レディ』(C)Marino Matsushima

『マイ・フェア・レディ』チョコレートのある暖かな部屋に住みたいなと夢見るイライザ(神田沙也加)(C)Marino Matsushima

軽快な序奏が終わると、そこはコベント・ガーデンの雑踏。青年とぶつかったイライザが騒いでいると、彼女の一字一句を記録する男が。何者?と身構えると、その正体は言語学者のヒギンズ教授。各地の訛りを研究する彼はイライザに向かって、言葉さえ上品に喋れればきちんとした店にも雇ってもらえるという。キャリアアップ志望のイライザはヒギンズの特訓を受けることにするが……。
『マイ・フェア・レディ』(C)Marino Matsushima

『マイ・フェア・レディ』イライザの父ドゥーリトル(今井清隆)はあぶく銭が手に入ればお酒に使う日々。(C)Marino Matsushima

庶民の娘が貴婦人に大変身を遂げる本作は長らく、“シンデレラ・ストーリー”の代名詞的存在でしたが、女性の社会進出が“当然のこと”とされる今は、観る側の意識も様変わり。例えばヒロインに話し方を“教えてあげる”ヒギンズ教授は今や、一歩間違えれば“上から目線”の鼻持ちならない男性に映りかねませんが、2013年以来、本作を演出しているG2さんは、この人物の人間臭い側面をユーモラスに強調。
『マイ・フェア・レディ』(C)Marino Matsushima

『マイ・フェア・レディ』ヒギンズ教授(別所哲也)はイライザの強烈な訛りに四苦八苦。ピアス夫人(春風ひとみ)があきれるほど四六時中特訓をする。(C)Marino Matsushima

イライザへのレッスンでは強烈な訛りに四苦八苦する彼の姿を、また彼女が貴婦人になりおおせてからは、彼女の気持ちに気付かず、自分の感情さえ持て余して右往左往する姿をコミカルに描き出し、そんな彼がイライザという存在によって人間的に成長する。いわば双方向で男女が影響を与え合いながら、心通わせてゆくさまを微笑ましく見せています。
 
各役を生き生きと演じる豪華キャスト
『マイ・フェア・レディ』なんとかきれいな発音をマスターしてもらおうと、ダジャレ作戦(?)に出るヒギンズ。(C)Marino Matsushima

『マイ・フェア・レディ』なんとかきれいな発音をマスターしてもらおうと、ダジャレ作戦(?)に出るヒギンズ。(C)Marino Matsushima

演じる寺脇康文さんはシャープな動きと軽妙な台詞に大人の男性の渋さが加わり、ダブルキャストの別所哲也さんもイライザに何かとペースを乱され、大慌てする姿が実にリアル。それぞれに愛嬌のあるヒギンズです。
『マイ・フェア・レディ』(C)Marino Matsushima

『マイ・フェア・レディ』Hの発音ができればランプの灯が揺れるはずだが……。(C)Marino Matsushima

そして今回、新たなイライザ役として登場したのが、朝夏まなとさんと神田沙也加さん。朝夏さんは元・宝塚男役トップスターという経歴を存分に生かし、太陽のような明るさと“この女性をお淑やかにするなんて絶対に無理“と思わせるほどのおてんばぶりで登場。そんな彼女が“きれいな発音”をマスターし、みるみるうちに知的な美しさを滲ませてゆく姿からは目が離せません。
ヒギンズは姑息にも⁈、“お菓子で釣る”作戦も展開。(C)Marino Matsushima

ヒギンズは姑息にも⁈、“お菓子で釣る”作戦も展開。(C)Marino Matsushima

いっぽう神田沙也加さんのイライザには現代的な意志の強さがあり、持ち前の明確な口跡も手伝って、2幕のヒギンズとの台詞の応酬は大いに見ごたえあり。
『マイ・フェア・レディ』(C)Marino Matsushima

『マイ・フェア・レディ』達成感で胸がいっぱいになり、「じっとしていられない」を歌いだすイライザ。(C)Marino Matsushima

階級差も性別も関係なく、一人の人間の尊厳をかけて“殴られるのは平気、でも無視して通り過ぎるのはやめて”と訴える様に、誰しも応援せずにはいられなくなることでしょう。
『マイ・フェア・レディ』(C)Marino Matsushima

『マイ・フェア・レディ』競馬場に現れた当初は優雅な物腰と完璧な発音で周囲を魅了するイライザだったが……。(C)Marino Matsushima

ピッカリング大佐役の相島一之さんには酔狂でヒギンズと賭けをする大人のゆとりが漂い、イライザの父、ドゥーリトル役の今井清隆さんはおなじみのナンバー「運がよけりゃ」ほか、町の人々との大ナンバーを力強くリード。歌の中での何度も繰り返されるフレーズ“ほーんの少し”でのしぐさもチャーミングです。
『マイ・フェア・レディ』(C)Marino Matsushima

『マイ・フェア・レディ』ヒギンズ夫人(前田美波里)(C)Marino Matsushima

ヒギンズの母、ヒギンズ夫人役の前田美波里さんは、自分の息子をも客観的に眺め、ユーモラスなコメントをする貴婦人を余裕たっぷりに体現。そして下町娘の喋りに戻ってしまったイライザをすっかり気に入ってしまう貴族フレディ役には、平方元基さん。恋ゆえの奇行(?)の数々もあくまで朗らかに、品よく見せており、貴族と呼ばれる人々の中には実際こういう青年もいるのかも、と大いに納得させられます。
『マイ・フェア・レディ』(C)Marino Matsushima

『マイ・フェア・レディ』競馬に興じるフレディ(右・平方元基)。(C)Marino Matsushima

また「教会へは遅れずに」冒頭の男声コーラスはじめ、アンサンブルの歌声も絶品。改めて本作が名曲揃いであることも確認出来、音楽的な満足度も高い舞台となっています。
『マイ・フェア・レディ』(C)Marino Matsushima

『マイ・フェア・レディ』アスコット競馬場に集う人々。(C)Marino Matsushima

マイ・フェア・レディ』公式HP
 
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