誰も信じなかったイエローストーンの絶景
アッパー・ガイザー・ベイスンのモーニング・グローリー・プール。直径6メートル、深さ7メートル、水温約70度の熱水噴出孔だ
水を吹き出す大地、沸き立つ泥沼、黄や青の石の棚、音を奏でる風穴、虹色に輝く湖、大地をえぐる渓谷、無数のバイソン……それは信じがたい光景で、1806年に欧米人としてはじめてイエローストーンを目にしたといわれるジョン・コルターや、1820年代に訪れたジム・ブリッジャーらがこれらの事実を報告しても、「うわ言」「ほら吹き」と一蹴されて信じる者はいなかったという。
間欠泉の数は300以上、間欠泉・噴気孔・温泉・泥泉といった熱水現象は1万を超え、地球上の半数以上が集中している。イエローストーンの運命を変えることになるフェルディナンド・ヘイデンが、こうした活動が活発なアイスランドと比べて「まったく比較にならない」と報告しているように、地球上の景色とはとても思えぬものだった。
そんな19世紀、イエローストーンは資源開発のためアメリカ議会によって売り払われようとしていた。この危機を救ったのはまさにそのイエローストーンの奇跡的な景観だった。
世界初の国立公園、世界初の世界遺産へ
非日常な景観が広がるマンモス・ホット・スプリングスの石灰棚。白は石灰成分だが、黄やオレンジ、緑は藻やバクテリアの作用による
かつて、自然は征服すべき敵だった。『グリム童話』などに描かれているように、山や森は魑魅魍魎が暮らす暗黒の土地で、開墾し文明化すべき対象だった。そして15世紀の大航海時代、西欧諸国は世界を征服し、18世紀にはじまる産業革命以降、地球は資源となった。
1776年にイギリスから独立を勝ち取ったアメリカは、1803年にアメリカ中西部の広大な土地をフランスから買収し(ルイジアナ購入)、未開拓地の文明化は神から与えられた明白な使命(マニフェスト・デスティニー)であるとして、金をはじめとする資源を求めて西へ西へと開拓を進めていった(西漸運動)。イエローストーン周辺にも幾度か探検隊が送り込まれ、周辺から金が出たこともあって議会はオークションによる売却を計画していた。
グランド・プリズマティック・スプリングのすさまじい色彩。虹色に変化する湖畔の色はバクテリアに由来し、中央は高温でバクテリアが生息できないため青くなっている
この臨場感あふれる報告書がアメリカを変えた。1872年、議会は売却案を破棄し、大統領ユリシーズ・グラントはイエローストーンを永久に保護するための法案に署名した。国を挙げて「自然を守る」という新しい価値観と、世界初となる国立公園の誕生だ。
ちょうど100年後の1972年、アメリカの強い働きかけもあってユネスコ(国際連合教育科学文化機関)で世界の貴重な文化遺産と自然遺産を守ろうという国際条約が採択される。世界遺産条約だ。そして1978年に世界遺産リストの作成がはじまり、イエローストーン国立公園は他の11件とともに世界遺産第1号に選出された。
人知を超えていたイエローストーンの自然と「火事」
「コーン」と呼ばれる高さ1.2メートルの円錐形の堆積物から吹き上げるビーハイヴ・ガイザー。間隔は十数時間から数日と不定期
同年6月、公園の周辺部で落雷を原因とする18の火災が発生。これを放置して11の火災は鎮火したものの、7月に入ると人為的な火災や乾燥・強風が重なって予想外に燃え広がり、一転して人工的な消火を開始する。しかし、1億2000万ドル(当時のレートで約160億円)、25000人を導入してあらゆる消火方法を試みるも失敗し、火災はやがて国立公園内へと延焼。結局、9月に雨と雪が火災を鎮めるまで広がりつづけ、最終的には国立公園のなんと36%、約3200平方キロメートル(東京都の約1.5倍)を焼き尽くした。
燃え尽きたイエローストーンを前に人々は言葉を失ったが、自然は当たり前のように回復をはじめた。
イエローストーン・リバーとキャニオンのダイナミックな景観。岩肌が黄色いことから「イエローストーン」の名がついた
生態系はこうした火災をも織り込んで、生命のように代謝していた。自然は数年、数十年の視線しか持たない人間の想像力をはるかに超えていた。
オオカミの再導入で回復したイエローストーン
白いたてがみが凜々しいイエローストーンのオオカミ(シンリンオオカミ)。グリズリー(ハイイログマ)とともに生態系の頂点に立っている
19~20世紀はじめにかけて大規模農業や牧畜が広がると、危険で家畜を襲うオオカミは害獣として駆除され、その数は急減した。イエローストーン国立公園が成立したときでさえ害獣として扱われ、1920年代には園からほぼ姿を消した。こうした認識が改まるのは1970年代で、ようやくオオカミは各州で絶滅危惧種に指定され、保護・回復活動がはじまった。
イエローストーンでは1980年代に増えすぎたワピチ(アメリカアカシカ/エルク)の生息数を適正化するために、オオカミの再導入計画が具体化する。牧場主たちは家畜が捕食されると強く反発したが、政府は補償を充実させることで対応し、1994年に再導入が決定した。
1995~97年にかけてカナダで捕らえられた41頭が解き放たれ、観察が続けられた。その結果は驚くべきものだった。
ライオンの雄たけびのような音が鳴ることからその名がついたアッパー・ガイザー・ベイスンのライオン・ガイザー(上)と、ハート型の鉱泉ハート・スプリング(下) (C) Brocken Inaglory
その後、ワピチの生息数は19000頭から5000~6000頭に落ち着き、安定している。オオカミについては、周辺部を含めたいわゆるグレーター・イエローストーンに500頭前後、園内では約100頭が暮らしている。
イエローストーン国立公園の主な見どころ
1. ガイザー・カントリー
オールド・フェイスフル・ガイザー。"faithful" は「忠実な」という意味で、定期的に噴出を繰り返すところから名づけられた。高さは30~60メートルほどに達し、約4万リットルの熱水を吹き上げている
■世界遺産「イエローストーン国立公園」資産(Googleマップ)
本章からイエローストーンの主な見どころを5つのカントリーに分けて紹介していこう。まずはハイライトといえるガイザー・カントリー。「ガイザー "Geyser"」は間欠泉のことで、ガイザー・カントリーは間欠泉や噴気孔の集中地帯だ。主な水域(ベイスン "basin")は以下。
■アッパー・ガイザー・ベイスン
この水域だけで100以上の間欠泉が集中している。ハイライトは80分間隔で2~5分の噴出を繰り返すオールド・フェイスフル・ガイザーで、ここから北へ数々の間欠泉やモーニング・グローリー・プールといった湖沼を結ぶボード・ウォークが続いている。
近くで見たグランド・プリズマティック・スプリング。とても自然の色彩とは思えない
ファイアーホール・リバーを見下ろす小高い丘に位置し、熱水が川に流入して蒸気を上げている。直径約113メートルを誇るグランド・プリズマティック・スプリングは園最大のハイライト。周辺にもオパール・プール、エクセルシオール・ガイザー・クレーターといった美しい湖沼が連なっている。
■ローワー・ガイザー・ベイスン
広大な間欠泉地帯で、内部をボード・ウォークで見学して回ることができる。1日に2度ほど噴出するグレート・ファウンテン・ガイザーやクレサイドラ・ガイザーなどの間欠泉がある。
イエローストーン国立公園の主な見どころ
2. マンモス・カントリー
マンモス・ホット・スプリングスの石灰棚。温泉に含まれる石灰分が結晶化したもので、棚以外にも垂れ下がる鍾乳石や盛り上がる石筍、両者が連なった石柱など、天然の彫刻作品群が見学できる
■マンモス・ホット・スプリングス
マンモス・カントリーのハイライトで、ローワー・テラスとアッパー・テラスを結ぶボード・ウォークを歩いて石灰棚を見学できる。
■ボイリング・リバー
温泉とガードナー・リバーが合流する地域で、夏になると合流地点の川で泳ぐことができる。この北にはガードナー・バレーが展開している。
イエローストーン国立公園の主な見どころ
3. ルーズベルト・カントリー
ラマー・バレーのバイソン(バッファロー)。19世紀後半に絶滅寸前まで追い込まれたが、20世紀の保護で回復に転じた。現在イエローストーンには約5000頭が生息している
■タワー・フォール
キャニオンの北端に位置する高さ約40メートルの滝で、滝上から滝壺までトレイルが確保されている。山頂からの眺めがすばらしい。
■ラマー・バレー
広大な草原が広がっており、バイソンやワピチ、ビッグホーン、ムース、オオカミ、コヨーテなど多くの動物たちが活動している。
イエローストーン国立公園の主な見どころ
4. キャニオン・カントリー
サウス・リムのアーティスト・ポイントから眺めたローワー・フォールズの絶景。この滝はとにかく絵になる
■アッパー・フォールズ、ローワー・フォールズ
600メートルほど離れた場所にあるふたつの滝で、前者は高さ33メートル、後者は94メートルにもなる。トレイルを利用して滝の上下、川の南北から眺めることができる。
11万5000年の歴史を誇る園内最古級の間欠泉地帯、ノリス・ガイザー・ベイスン
100メートルを超える噴出が見られるスチームボート・ガイザーやエチナス・ガイザーなどの間欠泉があり、色とりどりの湖沼が連なっている。ロアリング・マウンテンはその名の通りうなりをあげる山で、噴気孔からの音が響き渡る。
■ヘイデン・バレー
ラマー・バレーと並ぶ野生動物の観察ポイントで、グリズリー、オオカミ、バイソン、ワピチ、コヨーテ、ペリカンなどが生息している。
■マッド・ボルケーノ
ヘイデン・バレーの南に位置する煮えたぎる泥池で、表面温度は90度を超える。
イエローストーン国立公園の主な見どころ
5. レイク・カントリー
ウエスト・サムから眺めたイエローストーン・レイク。この湖は北アメリカ大陸の山岳湖(標高7000フィート=2134メートル以上にある湖)としてはもっとも大きい
■イエローストーン・レイク
面積は琵琶湖の半分ほどで、海岸線は170キロメートル、水深は122メートルに及ぶ。夏はレイククルーズやボートレンタルが行われているが、冬は多くが凍結する。
■ウエスト・サム
イエローストーン・レイクを手の形に見立てたとき、親指に当たることからこの名がついた。湖に隣接した間欠泉・熱水地帯で、熱水は湖に注いでいる。
「イエローストーン国立公園」への道
丘の上のビューポイントから眺めたグランド・プリズマティック・スプリング
イエローストーン国立公園はワイオミング州、モンタナ州、アイダホ州にまたがっており、四国の半分ほどの大きさを持つ。5つのエントランス(ノース、ウエスト、ノースイースト、サウス、イースト)があり、それぞれで拠点が異なっている。
もっともメジャーなのはサウス・エントランスで、最寄りの空港はワイオミング州ジャクソンのジャクソンホール空港。日本からは1~3回ほどの乗り換えが必要で、格安航空券で13万円ほどから。ツアーは5日間22万円前後から。
あるいは日本からソルトレークシティ国際空港に飛び、レンタカーで約520キロメートルを移動してジャクソンやサウス・エントランスに入ってもよい(約6時間)。
ウエスト・エントランスを使う場合はモンタナ州ウエスト・イエローストーンの同名空港が最寄りで、空港としてはイエローストーンにもっとも近く、バスツアーなども豊富。冬季もオープンしているノース・エントランスはモンタナ州ボーズマンの同名空港が最寄りで、エントランスの北に位置するガーディナーの町はマンモス・カントリーに近い。イースト・エントランスの最寄り空港はワイオミング州コーディのイエローストーン・リージョナル空港で、コーディは西部開拓時代の面影を残し、周辺の景色もすばらしい。
サイド(サウス・リム)から眺めたローワー・フォールズ
園内に公共交通機関はない。このためツアーに参加するか、自動車を借りて訪ねることになる。レンタカーは空港や最寄りの町で借りることができる。夏季には拠点となる町々からバスツアーが催行されているほか、園内でも名所を巡るさまざまなツアーバスが出ている。
冬季(11~5月前後)はノース以外のエントランスは閉鎖され、園内の名所も閉鎖される場所が多い。オンシーズンである6~10月以外に訪ねる人は事前に状況を確認しておこう(下にリンクあり)。
園内にはホテルやキャンプ場があるので、これらを利用することもできる。ハイシーズン(7~9月)はいっぱいになることが多いので、予約が必要。入園チケットは7日間有効なので、一度園を出て拠点となる町に宿泊してもよい。
3~4メートルほどもある城塞のようなコーンから吹き上げるキャッスル・ガイザー(アッパー・ガイザー・ベイスン)
○イエローストーン国立公園の入園料
・7日間パス
車両……35ドル
バイク、スノーモービル……30ドル
個人(徒歩、バイク、スキー)……20ドル
・年間パス
パーク年間パス……70ドル
アメリカ・ザ・ビューティフル年間パス……80ドル(全米の国立公園で使用可)
【関連サイト】
- Fees & Passes(公式サイトのチケット料金・予約ページ。英語)
- Operating Hours & Seasons(公式サイトのオープン・閉鎖情報。英語)
- Yellowstone National Park Lodges(園内のツアー、ロッジ、キャンプ場等の情報・予約サイト。英語)
- イエローストーン国立公園現地ツアー(VELTRA。日本語)
- イエローストーンホライゾンズ(モンタナ州リビングストンのツアー会社。日本語)
「イエローストーン国立公園」のベストシーズン
イエローストーン・レイクの南西に位置するルイス・レイクの絶景
雨は東京と反対で、夏に少なく冬に多い。もっとも雨(雪)が多いのは11~1月で、月平均100ミリメートルほど。少ないのは6~9月で、夏は乾燥していて過ごしやすい。
ベストシーズンは暖かく乾燥している夏。イエローストーンといえばグランド・プリズマティック・スプリングやモーニング・グローリー・プールの美しい湖沼がひとつのハイライトだが、これらの湖沼は水温が高いため、気温が低いと煙で見えなくなってしまう。もっとも見やすいのは暖かい夏の午後。
冬は道路やエントランス、名所の多くが閉鎖され、ツアーも大幅に減る。スノーモービルなどで巡る白銀の世界も魅力的だが、リピーター向けだろう。
世界遺産基本データ&リンク
黒曜石の砂が採れることからその名がついたブラック・サンド・ベイスン。川はアイアン・スプリング・リバー
登録名称:イエローストーン国立公園
Yellowstone National Park
国名:アメリカ合衆国
登録年と登録基準:1978年、自然遺産(vii)(viii)(ix)(x)
[関連サイト]
- Yellowstone National Park(国立公園管理局の公式サイト。英語)
- イエローストーン国立公園(ワイオミング州政府観光局。日本語)