『グーテンバーグ!』
7月18~29日=新宿村LIVE【見どころ】
『グーテンバーグ!』
日本のミュージカル・ファンもうなずける“ミュージカルあるある”はもとより、出演者のプロフィールも反映させた小ネタもちりばめられ、くすくす笑い(時に爆笑)が絶えない本作。演出の板垣恭一さん情報によると、同じ台本を使いながらも2バージョンは全く違った仕上がりになりそうとのことで、ぜひ双方とも楽しみたい舞台です。
【ダグ役・鯨井康介さんインタビュー】
“体感型アトラクションのような感覚で、気楽に劇場に遊びに来てください”
鯨井康介 87年埼玉県生まれ。05~06年に『ミュージカル テニスの王子様』に出演、以後『ROCK MUSICAL BLEACH』『bare』『ピーターパン』『Before After』『弱虫ペダル』等の舞台、テレビアニメ、TVドラマ、映画など幅広く活躍している。(C)Marino Matsushima
「今回、オファーをいただいてから映像で拝見しました。第一印象としては、二人でたくさんの役を演じるので、やる側としては大変だけど、二人の役者が力をフル活用して、何人も出てくる芝居を作り上げるという、本当に面白い作品だと思いました。バッカーズ・オーディションといって、作品を書いた二人が出資者にプレゼンをしているという設定なので、お客様と目線を合わせながらダイレクトに言葉を伝える瞬間が多い。お客様にとっては、演じる二人にも興味が沸く作品だとも感じます」
――ミュージカル愛に満ち満ちた作品ですが、鯨井さんご自身はミュージカルへの思い入れは?
「観るのも好きですし、自分も何本かやらせていただいていますが、ミュージカルが活動の中心ではないからこそ、憧れもリスペクトもあります。音楽って偉大ですよね。普通の演劇では時間がかかることも、音楽なら短い時間で伝えることができる。ミュージカルという手法の凄さだと思います」
――ミュージカル“あるある”もちりばめられていますが、“なるほど”と思ったことなどありますか?
『グーテンバーグ!』2017年公演より。写真提供:conSept
――初演では、演じる福井晶一さん、原田優一さんのキャリアに即した台詞もありましたが、今回は……。
「演出の板垣(恭一)さんが各チームに合う台本を書いてくださって、僕は“ダグ・サイモン・鯨井”という役なので、僕のこれまでの経歴も面白く取り入れていただいています。僕のこれまでをご存知の方に笑っていただける要素もきっとあると思います」
――いろいろなキャラクターを演じ分けますが、演じていて楽しいのは?
『グーテンバーグ!』2017年公演より。写真提供:conSept
――逆に大変なお役は?
「(グーテンバーグを愛する)ヘルベチカという女性の役を、上口さんと代わる代わる演じるのですが、女性のハートを演じるだけでなく、女性の歌もやる、という二つ負荷がかかるイメージで、僕にとっては挑戦ですね。上口さんとは(どういう女性として演じるか)今、探っている段階で、板垣さんからは“(見え方が)バラバラになっても面白いかもね”と言われていますが、二人とも“この子、かわいいね”という共通認識は持っています」
――ではその上口さん、どんな“相方”ですか?
上口耕平さん
――上口さんはミュージカル出演が多い方ですが、鯨井さんはどんなカラーを出して行こうと?
「まだ稽古序盤なので探っているところですが、僕はミュージカルの空気と違うところにいる人間なので、例えば会話のテンポなどは一味違うものが出せるかもしれません。自分が楽しいと思うことをやっていけば、おのずと自分の色が出てくるのではないかと思います。ミュージカルなので、歌もしっかり歌いたいですし、ふだん応援してくださっている方々にも、いつもの姿と違うものをお見せしたいですね」
――お客さんたちに、どう楽しんでほしいですか?
「(本作は)セットも無く、衣裳・小道具も最小限という中で、“僕たち、こんな舞台を作ったんです”とプレゼンしていきますので、気楽に、オーディションに参加したような感覚で見ていただけたらと思います。僕らは皆さんを巻き込んでいこうと頑張りますので、体感型アトラクションのような感覚でいらしてください!」
――プロフィールについても少しうかがわせてください。鯨井さんはお母様が日本舞踊のお師匠さんなんですね。
「(プロの舞踊家ではなく)師範として教えています。僕も幼いころから教えてもらって、中学ぐらいまではそちらの方面に興味がありましたが、演劇に出会って、こちらが面白くなってしまいました。今はたまに、実家に戻った時にちょっとさらう程度ですね。着物は自分で着れますし、舞台に立つということは母を通して教えてもらえたとは思いますが、日本舞踊の様式美が今の演劇人生に何か影響を与えている、ということはないと思います」
――小劇場出演を経て、声優デビュー、そして『ミュージカル テニスの王子様』でミュージカルにと、次々にフィールドを広げて来られました。
「いろいろとご縁をいただく中で、やらせてもらえる限りは頑張っています。本当に人に恵まれていると思いますね」
――オフ・ブロードウェイミュージカル『bare』には日本初演、再演とも主演されました。
「演出の原田優一さんとは、まず(音楽劇『滝廉太郎の友人、と知人とその他の諸々』で)共演者として出会って、この作品で演出家として出会ったのですが、彼の人間的な力を改めて感じました。気遣いの人だし、人に対して優しいからこういう作品が出来るというのが伝わってくる。この人に報いたいという気持ちで、取り組んでいきましたね。改めて人間・原田優一が好きになれたという意味で大事な作品だったし、同性愛という複雑なテーマはあったけれど、高校の話で同世代と話し合って作り上げることのできた、いい時間でした」
――ミュージカルでは歌が大きな要素ですが、どのようにトレーニングしてこられたのですか?
「出演が決まってから始めたのですが、教えてくださる方々が“歌って楽しい”と思わせてくださるので、それに恩返ししようと頑張っています」
――どんな表現者を目指していますか?
「僕が舞台を観ているとき、全力で楽しくやっている人が一番強く見えるんですよ。楽しくやれるというのは、迷いがない状態ということ。僕も、舞台上で一番楽しめる人になって、その姿をお客様に楽しんでいただけるようになりたいです。舞台上で自分らしくいられる、そういう表現者になれたら。そのためには努力しなくちゃいけないのはわかっているので、舞台で楽になるために今、稽古で努力しているところです」
【演出・板垣恭一さんインタビュー】
“敢えて役者たちを挑発し、演劇の無限の可能性を
引き出そうとしています”
『グーテンバーグ!』2017年公演より。写真提供:conSept
――今回、2組のキャストで上演するのにはどんな狙いがあるのでしょうか?
「前回は、福井晶一さん、原田優一さんという、日ごろ日比谷界隈の劇場で真ん中に立ってるような方々が、新大久保の謎の空間でお芝居をやっているというギャップが面白いと思いながら(舞台を)作りましたが、今回またやりましょうということになって、やるならキャストを増やそうよ、バリエーションも楽しもうよという意味で、上口耕平君、鯨井康介君という(若手の)組み合わせが決まりました。チームごとの違いを面白がっていただきたいし、出来ればそれぞれのファンがクロスオーバーするといいなという意図もあります」
――稽古はまだ序盤とのことですが、今のところ手ごたえは?
「2バージョンを全然別の作品にしようと思っています。いろんなキャラが出てくるけど、例えば福井さんがグーテンバーグを演じる時には、“マッチョでナルシストで、人種差別はしないけど自分の彼女にはものすごくパワハラをやっている人物”という大枠を伝えて、“その先は考えてください”とお願いしています。キャラクターの役割を果たしてくれればどういうふうにやってもいい、というふうにしているので、(前回、原田優一さんが強烈なキャラクターを作り上げた)修道士役も、上口君がやると“そんなキャラになるんだ!”と全然違っていて、おもしろいですよ。今回、初めてご一緒する鯨井君も、いろんなことを考えながら取り組む人で、すごくいい印象です。あとは基本的にはコメディなので、やってる人も楽しんでもらえたら。大人が真剣に頭を使って、体に汗して“ふざける”演目です」
――2バージョンとも観るのがお勧め、ですね。
「日本文化の特徴なのでしょうか、“未熟なものを好む傾向”があると思ってまして。演劇では最近、若い出演者が、ただ台詞を発しているだけで、台詞のキャッチボールすらできてないけど、外見がきれいだからとりあえずちやほやされていたりする。でもその人の賞味期間はものすごく短い、という現象があって、僕はそういう舞台に出ている子たちに“君はなんで舞台に出てるの?そのままじゃ(表現者として)遠くにはいけないよ”と言いたくなります。そういう舞台では、俳優は“取り換え可能なパーツ”みたいなもので、自分が役者だったらものすごく嫌ですよ。だから今回、僕は役者たちを敢えて挑発していて、同じテキストを使いながらも(2バージョンで)全然違う芝居に仕上げるつもりです。お客様に楽しんでいただきながら、演劇が本来持つ無限の可能性を感じていただける機会になれば、日本の演劇界のためにもなるのかな、と思っています」
【観劇レポート】
新作ミュージカルの出資者を募るため、実際に作品を演じて見せる“バッカーズ・オーディション”。印刷機の発明家の物語『グーテンバーグ』もそんな設定で、作者を自称するダグ&バドの俳優コンビが、時折“素”のトークを織り交ぜつつ演じてゆく……。
2組のキャストでの上演となる今回、演出の板垣恭一さんは“全く違う2バージョン”を意図したそうで、なるほどベテランのテクニックが楽しく炸裂する福井晶一さん(ダグ)・原田優一さん(バド)コンビに比べ、鯨井康介さん(ダグ)・上口耕平さん(バド)組には若手お笑いコンビのような荒々しいまでの勢いがあり、エネルギッシュに観客の注目を集め続けます。キャラクター造形についても、例えば原田さんが“器のちっちゃい悪党”として強烈な印象を残す「修道士」役に比べて、上口さん演じる「修道士」はヒップホップ・テイストのシャープな悪党。福井さんが“いい奴”に演じた「見習い修道士」に対して、鯨井さんの同役は癖のある子分、といったていで、かなりの違いが。
この日の終演後に行われた板垣さん・上口さん・鯨井さんによるアフタートークでは、稽古序盤、二人が互いに突っ込みを入れる形になっていたのを、板垣さんが“今回、上口さんは“ボケをやったらどうですか”と提案した、といったエピソードが語られましたが、確かに上口さんがダンスの振り的なものを含め、様々な“小ネタ”を振りまく度に鯨井さんが間髪入れず突っ込みを入れ、リードしてゆく流れは目覚ましく、二人が劇世界と“素”を滑らかに往来する様は感嘆に値します。相当、稽古を積み重ねたであろうことは想像に難くありませんが、それ以前に本質的に波長の合う二人だったらしく、“お兄さんチーム”にひけをとらない、魅力的なコンビが誕生したと言えるでしょう。
もちろん、場内を笑いの渦に巻き込んでゆくことに終始せず、終盤には“『グーテンバーグ』がハッピーエンドでない理由”を通して(真の)作者たちの骨太のメッセージもしっかりと伝え、ちょっぴり“文明”について考えさせる瞬間も。だからこそ、その後に用意された“サプライズ演出”はいっそう幸福感を盛り上げ、誰もが笑顔で席を立ち、劇場を後に出来る舞台に仕上がっています。
*次ページで『ピーターパン』をご紹介しています!