将棋ルネッサンス元年
ガイドは、2017年を「将棋ルネッサンス元年」と名付けた。将棋が愛棋家の壁を超え、多くの人々に広がっていく。その象徴的な事象が藤井聡太四段フィーバーであろう。そして、藤井四段がアマチュア時代に腕を磨いたのが「研修会」と呼ばれるもの。各種メディアの報道もあり、多くの関心を集めた将棋ルネッサンスの一翼を担う「研修会」。ガイドがつぶらな瞳で見てきた、生の九州研修会をご紹介していきます。研修会とは
「研修会」の正式名称は「公益社団法人 日本将棋連盟 研修会」。その目的は「将棋を指針として、礼節を尊び心身の向上をめざす少年少女の養成をめざす」と規定されており、関東、関西、東海、九州の4ヶ所が開設されている。対象は「20歳以下でアマチュア有段者の少年少女」また「女流棋士を目指す26歳以下のアマチュアの女性」となっている。研修会には入会試験があり、実力を試される。アマ有段とは、大人顔負けの腕前を意味し、都道府県を代表する子ども棋士のレベル。いわゆる「強豪・子ども棋士」だ。その中には、プロ棋士を目指す子もいる。もちろん、藤井四段もその一人だったわけだ。研修会で実績をつめば、プロ棋士養成機関「奨励会」にも編入できる。
ただ、ここで明記しておきたいことがある。研修会は、プロ志望の子ども達だけの集まりではないということだ。将棋の魅力を知り、より深く研究したいという思いから試験を受ける子ども達もたくさんいるのだ。
将棋「トラの穴」
今回取材した九州研修会は、2016年1月10日に開設された、最も新しい研修会だ。指導にあたる幹事は中田功七段、豊川孝弘七段、関口武史指導棋士五段。中田七段は、佐藤天彦名人の師匠、豊川は言わずと知れた棋界の音二郎、関口は幾度となく日本一の子ども達を育て上げた名伯楽。身震いするほど贅沢な指導陣だ。
九州の研修会は、九州一のギガシティー博多にある。JR駅から西へ、大通りを徒歩20分のところに、電気ビル「共創館」がある。この三階の和室が会場だ。
ガイドが訪れたのは2017年11月中旬。七五三の家族連れがビルに併設された和風庭園で記念撮影をしていた。すごい都会にすごいビル。ここに、あるのか、研修会!少し臆したガイドであったが、部屋に入り、さらに縮み上がった。高級感あふれる純和風の部屋に、上質の市松の琉球畳。本格的な銘入りの駒に盤。駒音だけが響く静寂。足を踏み入れるのが憚られた。
「おおっ、有田さん。どうぞどうぞ。ようこそ、将棋・トラの穴へ」。
豊川七段の笑顔と独特の言い回しに、救われたガイドであった。
有田「豊川先生、すごい雰囲気ですね。なんか、緊張します」
豊川「でしょ。本気度がすごいですからね。でも対局が終われば、やっぱリ子ども達。和気あいあいなんですよ」
有田「そして、この環境。The将棋って感じですごいです」
豊川「そうなんですよ。九電さんが、すごく協力してくださって、そのお陰です」
「九州に研修会を」の思いを形にするため、九電グループが尽力してくれたという。ちなみにこのビルも九電グループ。17名からスタートし、現在は倍増。遠くは沖縄、広島から通う子もいる九州研修会。取材日には27名の参加者がおり、内3名は女の子だった。
多様な指導対局
九州研修会は月に2度開催される。第2と第4の日曜日だ。午前10時に開会され、挨拶の後、大盤解説が始まる。研修会での実際の対局を講師陣が分析。皆に考える場を与える。その時間はおよそ30分。その後が、いよいよ対局だ。研修生同士が中心だが、幹事から指導対局を受ける会員もいる(これはローテーションが組まれている)。その指導対局が、また、すごい。マンツーマンでの指導なのだ。取材開始時には、中田七段が指導を行っていたが、奨励会からの講師2名もゲストとして指導にあたっていた。対局後は感想戦(対局の一連の分析)が行われる。
中田の声が漏れ聞こえる。「端のと金は命なんだから」「序盤は目的をしっかり持って」「中盤、いい形に持って行かれたよ」「ここで7筋に移さなきゃ。それで決まりだったよ」
分析にかけた時間はなんと25分。実際の対局よりも長時間だ。いやはや、受けた子にとっては至福の感想戦だったに違いない。
豊川「中田はしっかりとした理論で指導するんです。だから子ども達が納得する。関口は目利きなんです。将棋だけじゃなく、子ども一人ひとりの性格まで掴んでるんです。僕は、子どもはホットケーキ(放っとけ)で強くなると、そんな感じです」
三者三様の考えだから面白い。関口はこう語る。「だから、子ども達が伸びるんだと思います。一人の指導者に偏るんではなく、三人の個性や棋風から、多様に学ぶ機会がある。そこが大切だと思います」 もちろん3人の相互信頼と連携があってのことだ。
組み合わせが大切
一通りの対局が終わり、今度は豊川七段が指導にあたり、中田七段が次の対局組み合わせを考える番となった。中田は子ども達の名前が書かれたカードをテーブルの上で動かしながら頭をひねる。「誰と誰を当てるか。これ、パズルのようなものなんですが、最高のパズルを作ってあげることが大事だと思っています」30分以上の時間をかけて、やっと決まる。額に汗が滲む。真剣そのものだ。
ふと、豊川の声が聞こえた。感想戦だ。「○○君、力あるんだからさあ」「この手センスいいよねえ。素晴らしい」「ほら、この局面。こう持っていくといいよね」「だから自信持ってさあ」分析にかけた時間はなんと20分超。どこがホットケーキなんだか……とガイドは思った。
対局後はPCに入力
対局が終わった研修生たちは、パソコンに向かう。終えたばかりの棋譜(将棋の記録)をソフトに記しておくのだ。これは、4つの研修会の中で九州だけが行っているシステムだという。発案者の関口は語る。「対局と対局の間に時間がありますよね。その時間を無駄にさせたくない。それで、対局者二人で今終えた将棋を入力できるようにしたんです。入力することが再度の感想戦にもなるんですね。だから研究が深くなります」こうして残された棋譜が、後日、大盤解説の題材にもなる。
奨励会との違い
ほぼ奨励会と同じシステムで運営される研修会。だが、大きく違うところがある。それは、奨励会がアマチュア大会への参加を原則禁じているのに対し、研修会は全く禁止していない点だ。豊川「研修会の子ども達は、どんどん子どもの大会に出た方がいいんです。いろんな子と全力で対戦する中から学ぶことはたくさんあります。その機会を奪う気持ちはありません」
ここで、巷でよく言われる疑問をぶつけてみた。「先生、時折、初心者の子と指すと手が乱れるからやめたほうが良いという意見も耳にしますが……」
豊川「そんなことはないでしょう。どんな相手でも自分の将棋を指す。これが大切です。むしろ、そんな考えで、天狗になっちゃうことの方がまずいでしょ」
そして……
4局の対局を終えた研修生たちは、それぞれの帰路につく。沖縄からの子は、飛行機の便に間に合うように、少し早めに出た。聞くと、一人でやってきているという。「ありがとうございました!」
帰りのドアが開くたびに元気な声がする。負けが込んだ子もいるだろう。しかし、このハツラツな響きが子ども達の心持ちを物語っていると思う。
中田「子ども達はトビトビで強くなりますよね。1ヶ月前はそうでもなかった子が急に強くなる。それは全然珍しくないんです。研修会にいると、それがよくわかります。九州に研修会が出来たことで、さらに原石を磨けることになると思います」
関口「バランスですよね。子ども達をバランス良く伸ばしてあげたい。私は、子ども達との距離が近くなりすぎる感もあるんですが、基礎的なことをしっかり指導して、他の二人の大局感や理論がすっと入るようにしてあげたい」
豊川「将棋はマラソンです。一発勝負じゃない。研修会の子ども達はそれをよく理解しているんです。まず、自分の位置を知り、継続してがんばること。それが第一歩です」
幹事たちは今日の一日を振り返り、次を考える。ガイドにとっては研修会のすごさとともに、温かさを知る一日となった。
エピローグ
豊川「有田さん、今日はゆっくりできますか?人気の居酒屋があるんですが」有田「先生、ありがたいのですが、今日は用事があって……」
豊川「残念。では、いかりや(居酒屋)チョースケは今度ってことで。羽生 ア ナイスデー」
最後の締めは、さすがの音二郎であった。大胆に予言しよう。藤井を破る次世代が出てくるとすれば、それは、研修会出身者に違いない。
※研修会に関することは、公益社団法人「日本将棋連盟」にお問い合わせください。
*取材を快諾してくださった幹事の皆さんに心より感謝しています。
*関口幹事が午後からの外出のため、写真を撮影できませんでした。よって他日の写真(ガイド撮影)を用いました。
【関連記事】
■敬称に関して
文中における個人名の敬称について、ガイドは下記のように考えています。
- プロ棋士の方の活動は公的であると考え、敬称を略させていただきます。ただし、ガイドが棋士としての行為外の活動だと考えた場合には敬称をつけさせていただきます。
- アマ棋士の方には敬称をつけさせていただきます。
- その他の方々も職業的公人であると考えた場合は敬称を略させていただきます。
■文中の記述/画像に関して
- 文中の記述は、すべて記事の初公開時を現時点としています。
- ガイド撮影の画像については、すべて個人情報の取扱において許可を得ています。