ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

神田沙也加、小さな努力重ねて【気になる新星vol.28】(3ページ目)

『アナと雪の女王』のアナ役・吹き替えで全国的な人気を獲得、ミュージカル女優としても快進撃中の神田沙也加さん。今冬、『屋根の上のヴァイオリン弾き』日本上演50周年記念公演に出演する彼女の、凛として安定感抜群の歌声を支えるものとは、そしてそもそも、ミュージカルに興味を抱いたきっかけとは? その過去と現在、未来への思いをたっぷり語っていただきました!*観劇レポートを追記しました!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

【観劇レポート】
“ささやかな日常”を懸命に生きる一家を
温かくも厳しく描き出す舞台

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

ヴァイオリンを奏でる男を紹介する形で主人公テヴィエ(市村正親さん)が登場、自分たちユダヤ人は“屋根の上のヴァイオリン弾き”のように、不安定な環境の中で生きる民だ、と語る。そんな暮らしの支えとなっているのが(ユダヤの)“しきたり”、この一言で肉厚のオーケストラの音が響き、テヴィエの同胞たちが現れます。

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

(その当時は国家を持たず)非差別的な待遇にありながら、“しきたり”を守りながらつつましく、力強く生きるユダヤの民。彼らの特殊事情をかみ砕いてヴィジュアル化し、東欧風の旋律とともに劇世界へといざなうこのオープニングは、数あるブロードウェイ・ミュージカルの中でも最も秀逸な幕開けの一つと呼ばれ、今回の日本版でも、遠いはずのロシアの寒村が一瞬にして身近な存在に感じられます。

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

妻と5人の娘と暮らすテヴィエは、一家の長として尊敬を集めてはいますが、娘たちは次々と自由恋愛で伴侶を決めてしまう。親が子の縁談を決めるのが当然な中で、テヴィエは葛藤しつつも娘の幸せを第一に、彼らの意思を尊重します。しかしそのうちの一人だけは、どうしても譲れない一線を越えており、心を鬼にするテヴィエ。寛容さと民族の“筋”を通さねばという信念がせめぎ合うテヴィエの内面を、市村正親さんが時にユーモラスに、時にペーソスたっぷりに表現。

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

そしてそんな夫を支える妻ゴールデを、鳳蘭さんが(従属的にではなく)主体的に、市村さんと波長ぴったりのユーモア・センスで生き生きと演じます。次女ホーデルの結婚を許した後、テヴィエがふと妻に“愛してるかい?”と問いかけ、ついぞそんなことを聞かれたことのなかった妻は何を言っているんだというていであしらうも、何度も真剣に問うてくる夫に根負けして……というくだりの面白さ、あたたかさは、このお二人なればこそ、でしょう。

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

またテヴィエの娘たちは何気ない状況で手を動かし、家事に参加している姿がごく自然で、総動員で働かなければ回っていかない一家の経済はもちろん、この家族の連帯感がしっかりと感じられます。ツァイテル役の実咲凛音さんはきよらかな存在感と端正な立ち姿・所作で妹たちの模範たる長女像を描き、神田沙也加さんは学生パーチックとの出会いで自分の中の向学心が目覚める、独立心旺盛なホーデルを全身で体現。

後半、囚われの身となった愛する人を追ってシベリアへと旅立つ次女ホーデルをテヴィエが見送るくだりでは、おそらくもう親子が再会することはないであろうことが示唆され、一音一音を揺るがせにせず、魂のこもった神田さんの歌唱が、観る者をしてホーデルの幸福を強く願わせます。

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

そして姉妹のうち最もおとなしかったのが、あろうことかロシア人と恋に落ち、テヴィエの逆鱗に触れてしまう三女・チャヴァ。唯月ふうかさんはかつて元気いっぱいのピーター・パンを演じていたことが信じられないほどシャイで引っ込み思案のチャヴァ像を見せ、順調に表現者としての引き出しを増やしています。

長女ツァイテルの幼馴染モーテル役・入野自由さんは、内気だが真面目な仕立屋を誠実に演じ、次女ホーデルが愛する学生パーチック役の広瀬友祐さんは、前例に従って生きのびてゆこうとするコミュニティに対して“それでいいのか”と鋭く切り込む姿が清新。三女チャヴァを大変身させるロシア人フョートカ役・神田恭兵さんは、わざわざ異なるコミュニティの娘に接近するという難しい役柄ながら、まっすぐな青年像が印象的です。

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

また一度はツァイテルとの縁談がまとまって上機嫌になるが、破談となって大いに機嫌を損ねる肉屋のラザール役・今井清隆さん、おせっかいな仲人おばあさんイエンテ役・荒井洸子さん、幼馴染のテヴィエたちと仕事の板挟みになる巡査部長役・廣田高志さんら、村の人々役にもそれぞれに“味”があり、そのリアリティが終盤、コミュニティに降りかかる悲劇をより身近に感じさせます。

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

その終盤。日々の小さな出来事を喜び、笑い、つつましく過ごしてきたテヴィエたちユダヤ人は、ある日突然、その日常を奪われます。彼らの憤り、嘆きに共感しながらも、こうした事態が今もなお、世界各地で起こっていることに思いを致す観客も多いことでしょう。荷車を引く市村テヴィエが物言わず、力強く踏みしめる一歩一歩。万感のこもった歩みがいつまでも心に残る舞台です。

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部


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