漢方薬の原料は? 複数の生薬からできている漢方薬
漢方薬のもととなる生薬はおおよそ数百種類にのぼります
私は池袋で一二三堂薬局という漢方専門薬局を営んでいますが、近年は自分に合った漢方薬を購入したいという方にくわえて、購入した漢方薬の中身をもっと知りたいという方も増えています。
そこで本記事では漢方薬がどのようなものから構成されているのかなどを中心に解説していきます。まず、最初に確認したいのが「漢方薬」と「生薬(しょうやく)」の違いです。
漢方薬と生薬の違い
漢方薬とは基本的に2つ以上の生薬を組み合わせることで作られた薬です。スポーツで例えるなら、生薬は「選手」であり、選手が集まることで機能する「チーム」が漢方薬と表現できます。異なる作用の生薬が集まることで、漢方薬として新しい効果が発揮される
複数の生薬を組み合わせることで相乗効果が得られたり、生薬が持つマイナスの部分を打ち消したりもします。このあたりも本物のスポーツチームと似ていますね。
一方で漢方薬と生薬の区別が曖昧なケースもしばしば見受けられます。新聞報道などでも「中国での人件費が高騰した結果、代表的な漢方薬である甘草(かんぞう)を国内で栽培する動きが活発化」というように誤表記されていることがあります。正しくは「代表的な生薬である甘草を……」となります。
生薬の種類・写真……植物だけでなく、動物・昆虫・鉱物も
ここからは生薬について掘り下げていきたいと思います。一般の方が「生薬」と聞いて思い浮かべるのは乾燥した葉っぱや根っこではないでしょうか。確かにそれも正解なのですが、十分ではありません。生薬には植物の他に、動物、昆虫、鉱物などを原料にしたものも含まれるのです。ここで具体例として、不安感を除いたり体力を回復するはたらきがある桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)という漢方薬を挙げてみます。
桂枝加竜骨牡蛎湯は計7種類の生薬から構成された漢方薬であり、内訳は桂皮(けいひ)、芍薬(しゃくやく)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)、甘草(かんぞう)、竜骨(りゅうこつ)、牡蛎(ぼれい)です。よりくわしく内容を見てみると……
甘い香りを放つ桂皮は身体を温めるはたらきに優れた生薬
- 桂皮…クスノキ科のケイの樹皮を使用。粉末はお菓子などに使用されるスパイスのシナモン
- 芍薬…ボタン科のシャクヤクの根を使用。綺麗な花を咲かせるので観葉植物としても有名
- 大棗…クロウメモドキ科のナツメの実を使用。ドライフルーツとしても市販されている
- 生姜…ショウガ科のショウガの根を使用。生薬として使用するときの呼び名は「しょうが」ではなく「しょうきょう」
- 甘草…マメ科のウラルカンゾウの根を使用。ソース、醤油、味噌の原料としても活躍
- 竜骨…大型哺乳類の化石を使用。主にシカ、ウマ、ウシ、ゾウ、サイなどの化石が用いられる
- 牡蛎…イタボガキ科のマガキの貝殻を使用。貝殻の中身は海鮮で有名なカキ
マガキの貝殻である牡蛎には精神状態を安定させるはたらきがある
……となります。生薬の多くは植物由来ですが、動物の化石といった太古のロマンを感じさせるものや貝殻など、桂枝加竜骨牡蛎湯にはバリエーション豊かな生薬が含まれています。その他にもちょっと変わった生薬としては……
夏の風物詩のひとつであるセミの抜け殻も立派な生薬
- 蝉退(せんたい)…セミ科のクマゼミの抜け殻。肌のかゆみなどに有効
- 石膏(せっこう)…代表的な鉱物生薬の石膏は熱を冷ますはたらきなどがある。彫刻やギプスの原料としても有名
- 鹿茸(ろくじょう)…シカ科のマンシュウジカのオスの角。優れた滋養強壮作用がある
同業者から蝉退を含んだ漢方薬を調合して販売したら「薬に虫の足が入っていた!」という強烈なクレームを受けたという、笑えないエピソードを聞いたことがあります。
以前、私の娘(当時6歳)が木からセミの抜け殻を取って「これ、ヤッキョクでつかえる? もってかえる?」と聞いてきたことがありました。もちろん、ダメなのですがその理由は下記に続きます。
自生するものの使用は危険? 生薬の安全性・有効性について
漢方薬局を営んでいるとたまにいらっしゃるのが「生薬の○○が実家の裏庭で採れるんだけれど買い取ってくれないか?」「中国で事業をしていて格安で生薬が手に入るけれど買わないか?」といったお話です。ある意味、上記で挙げた私の娘の提案(?)と同じベクトルの話です。結論から言うと、正規の薬局でこのようなお話を受けることはできません。その理由は漢方薬の原料として使用される生薬は厚生労働省が監修している日本薬局方(にっぽんやっきょくほう)という分厚い本に定められているテストに合格する必要があるからです。
日本で流通している生薬は安全性や十分な成分量が確認されている
品質確保のためのテスト項目としては、正しいものが使用されているか、十分な成分が含まれているか、不純物が含まれていないかなどが挙げられます。
これらのテストは主に薬局内ではなく、生薬を薬局などに販売している卸問屋が実施して流通しています。日本薬局方のおかげで生薬、つまり漢方薬は品質や安全性が保たれているのです。
漢方薬と似て非なる伝統薬
複数の生薬を組み合わせているという点で漢方薬とそっくりな存在に伝統薬が挙げられます。「伝統薬」と聞いてもピンと来ないかもしれませんが代表的な伝統薬には救心、薬用養命酒、正露丸、龍角散、太田胃散などが含まれます。長年親しまれ、テレビCMで頻繁に目にすることも多いこれらの薬が漢方薬ではない、というのは一般の方にとっては意外かもしれません。
漢方薬は漢方の理論に従って、大半は中国で書かれた古文献に記載された生薬の組み合わせに沿って調合されます。有名な葛根湯も西暦200年頃に作られた傷寒論(しょうかんろん)という文献に載っており、約1800年の歴史を誇ります。
一方、多くの伝統薬は生薬を組み合わせて作られる点は共通していますが、ある程度の漢方理論を参考にしつつ、日本各地の薬屋さんが中心となって製造販売し始めたことを起源とします。
漢方薬と比較すると歴史は浅く、多くの伝統薬は江戸時代から明治時代に生まれました。しばしば伝統薬は伝承薬や家伝薬とも呼ばれます。
漢方とは異なる「民間薬」とは
伝統薬にくわえて漢方薬と混同されやすい存在が「民間薬」です。代表的な民間薬としては下痢に有効なゲンノショウコ、健胃薬のセンブリ、便秘や肌荒れに使用されるドクダミなどが挙げられます。ドクダミは綺麗な白い花を咲かせますが、強烈な臭いを発することでも有名
民間薬は古くから日本で経験的に「○○の症状には○○が効く」という感じで使用されてきたものです。漢方薬のように特定の理論に沿ったものではありません。複数の生薬から生まれる漢方薬のように、組み合わせて使用することはなく多くの場合は単独で用いられます。
漢方とは異なる「ハーブ」とは
ハーブも伝統薬や民間薬ほどではありませんが漢方薬と混同されることがあります(過去に「ブルーベリーって漢方薬ですよね?」と真顔で聞かれた経験がありますが……)。カモミールは炎症を抑えたり、リラックス効果を期待してお茶としても使用される
ハーブの立ち位置としては日本以外の地域で使用されている民間薬といえるでしょう。知名度が高いものではカモミールやローズヒップなどが挙げられます。ハーブのミントは生薬としても活躍し、その際は薄荷葉(はっかよう)と呼ばれます。
漢方薬と生薬のまとめ
以上、ざっと漢方薬、生薬、伝統薬、民間薬、そしてハーブについて解説してきました。正直なところ、これらの区分は完璧に確立された定義があるわけではなく、ややアバウトな部分もあります。医療従事者でも判断に困るケースは少なくありません。その中でも知ってほしいポイントは漢方薬が多様性に満ちた生薬の組み合わせで成り立っているという点であり、その理由は生薬の持つ力を一層引き出したり欠点を補うためです。
生薬の有効なコンビネーションは数百年をかけて得られた経験の蓄積によるものです。ここにロマンを感じて頂ければ幸いです。本記事では扱いきれなかった漢方薬の歴史については「漢方薬は中国ではなく日本の薬?漢方の歴史の基礎知識」記事もあわせてご参照ください。