幻想振動症候群とは
「あれ? 確かに鳴ったと思ったのに……」 幻想振動症候群はスマホ特有の現象の1つです
大人も子どもも日常生活に支障をきたしかねない「スマホ依存」、不慮の事故の原因にもなる「歩きスマホ」などがその一例で、広く注意が呼びかけられています。
そして大きな問題にはなっていないものの、多くの人に経験がある現象として「幻想振動症候群」というものがあります。簡単に言えば、実際には着信がないのに、スマホがバイブレートした気がしたり、着信音が鳴った気がしてしまう錯覚、幻覚のことです。現時点では精神医学的に正式な疾患名ではなく、そのような現象に対して使われている言葉で、英語では「ファントム・ヴァイブレイション・シンドローム」と言われます。今回はこの幻想振動症候群を詳しく解説します。
スマホが震える錯覚、幻覚……強迫観念が関係することも
着信がないのに振動した気がしたり、着信音が鳴った気がする「幻想振動症候群」は、多くの人にとっては、「言われてみればそんな経験もある」という程度の出来事かもしれません。しかし精神医学的に厳密に言えば、何らかの刺激を間違って着信音と知覚したり、実際には何の刺激もないのにバイブが鳴ったと知覚したりした可能性が考えられます。似ているようですが、前者は錯覚、後者は幻覚です。一般に幻覚は錯覚よりも深刻な知覚異常だと考えます。もし実際に「あれ? 鳴った気がしたのに……」という出来事が起こった場合、何かの刺激を間違えて「錯覚」したのか、それとも何もないのにそう感じた「幻覚」だったのかは、できればはっきりさせた方がよいポイントです。
もしそれが「幻覚」だった場合、それに対処や治療が必要になるかどうかは、その出来事が日常生活に問題を起こしているか否かによって変わります。実際には、おそらくほとんどの方は「そんな覚えもある」という程度で、特に気にすることはないものでしょう。
ただもしこういった「気のせいだった」という出来事が頻繁に、例えば週に1回以上は必ずあるというような場合は、しばらく注意して経過をみることをおすすめします。コンスタントにそういう傾向が続くのか、それとも疲れている時やストレスが強くなってきた時に、そうした傾向が現われやすいのかには注意したいものです。強迫観念的な要素が原因になっている可能性もあるからです。
原因によって変わる幻想振動症候群の対策法
もし原因がはっきりしているのなら、対策を取るのは簡単です。もし何かの刺激を勘違いした錯覚だったと気付ければ、間違いの元になりやすい刺激に対処するだけで事態は解決するかもしれません。たとえば、スマホを入れるポケットを変えてみる、マナーモードは必要ない時は外しておく、といったごくシンプルなことです。
しかしもし刺激が全く無くてもスマホが震えたと頻繁に勘違いしてしまう場合、「幻覚」の可能性にも注意すべきでしょう。幻覚が異常なものかどうかはなかなか区別がつきにくいものです。例えば、寝起きで頭がはっきりしていない時、スマホが鳴った気がした、といった場合です。屋外の音を勘違いした錯覚かもしれませんし、実際に幻聴だったという可能性もあります。
その場合は少し大げさに聞こえるかもしれませんが、幻覚に関連する疾患として代表的な「精神病性障害」のリスク要因が自分にないか、念のために確認しておくと良いかもしれません。
精神疾患は、特徴的な精神症状が日常生活にかなりの問題を引きおこすレベルになった状態ともいえます。見方を変えれば、何らかのリスク要因があり、それが日常生活には問題ないレベルの精神症状として現われ始めることもあります。
具体的にはアルコール量が増えて問題飲酒のレベルになっている、あるいは日常のストレスが耐えられないようなレベルになっているという場合、スマホが鳴った気がするという強迫観念もこれに関連して起きている可能性がありますので、適切に対処すべき問題となります。
認知行動療法的なアプローチが有効な場合も
冒頭でも述べましたが、幻想振動症候群は正式な疾患名ではないので、その現象が起こっていることですぐに精神医学的な対処が必要な事態ではありません。実際に精神科的な治療が必要になるということは、現われている精神症状のために「日常生活に深刻な問題が現われている」ことが目安となります。その場合、放置することで事態がますます深刻化していく可能性もあります。
幻想振動症候群に関しては、「そういえば、そういう時もある」といったレベルの方が大半だと思いますが、注意すべきは頻度やレベルです。
もし週に一度あるが、日常生活には何も問題がないというレベルなら、治療を考える必要はありませんが、精神症状への対処法として認知行動療法を知っておくと良いかもしれません。
認知行動療法は、社会精神療法の代表的なもので、うつ病、摂食障害など多くの疾患に対して有力な治療手段になっています。治療薬が必要な状況でも、薬と併用されて行われることが一般的です。
認知行動療法は、精神症状の増悪につながりやすい、わたしたち内面の問題に対処することができます。私たちが頭のうちに何を思い、何を考え、そしてどう行動するか……。その中に潜む問題が精神症状の増悪につながりやすいことから、認知行動療法では本人にその気付きを与え、それを良い方向に向け直していくことなどに重点が置かれます。
幻想振動症候群でもその問題が現われやすくなっている場合、自分の内面の問題がそれに関わっている可能性もあります。
たとえば、着信がないのに振動を感じたり着信音が鳴った気がしたりする場合、心の中で「着信が来るのを強く予期している」可能性があります。あるいは「着信がきたらすぐ答えなくてはいけない」といったプレッシャーが強い状態なのかもしれません。
こうした自分の内面の問題は、簡単なようで実はなかなか気づきにくい面があります。仮にスマホに関する何らかの観念が強迫観念のレベルになっていても、はっきりとは自覚しにくいものです。
ただ、もし強迫観念が強い状態になってくると、この幻想振動症候群といった軽い問題以外にも、職場や家庭、人間関係など日常の重要な場面で何らかの問題も現われてくる可能性があります。その際は、カウンセリングルームなどで専門家に相談することも有効であることを、ぜひ知っておいてください。