レトロウェイヴとは?
レトロウェイヴ(Retrowave)は、全世界で2000年終盤からジワジワと広がっているカルト的ジャンルです。シンセウェイヴ(Synthwave)という呼称も多用されますが、80年代カルチャー的意味合いを持つレトロウェイヴに愛着を感じるので、こちらをメインに使います。80年代のセガのアーケードゲームを由来とするアウトラン(Outrun)という呼称は、スポーツカーをモチーフにしたレトロウェイヴのサブジャンル的な位置付けとなります。ニューウェイヴ的な空気を醸し出すジャンルは、◯◯◯ウェイヴと呼ばれます。ダークウェイヴ(Darkwave)、コールドウェイヴ(Coldwave)、チルウェイヴ(Chillwave)などとは親戚関係にあり、ヴェイパーウェイヴ(Vaporwave)も方向を変えた派生ジャンルと言えます。
その源流を辿れば、70年代末から80年代にかけての電子音楽、テクノポップ、シンセポップ、ニューウェイヴと言えますが(これについては別途検証します)、2000年前後に勃興したエレクトロクラッシュ(Electroclash)、フレンチハウス(French House)、ニューディスコ(Nu-disco)の潮流の中で生まれたジャンルでもあります。
フレンチハウスと言えば、Daft Punk。Daft Punk=レトロウェイヴではありませんが、Daft Punkの作品(『Discovery』『Human After All』『TRON: Legacy』)にはレトロウェイヴのお手本が凝縮されています。追ってアーティストやレーベルについては解説していきますが、初期にフランス出身のアーティストが多いことからも、レトロウェイヴの震源地はフランスとするのが妥当でしょう。レトロウェイヴ自体は80年代のサウンドトラックに影響を受けていますが、そのムーヴメント自体も映画とシンクロしています。
火付け役となったライアン・ゴズリング主演映画『ドライヴ』
レトロウェイヴの重要な特徴は、サウンドだけではなく、コンセプトとヴィジュアルにおいて、80年代カルチャー(映画、ドラマ、アニメ、ゲーム、ファッション、グラフィックなど)へのノスタルジー的引用。震源地はフランスですが、レトロウェイヴの代表的な舞台は、ロサンジェルスやマイアミなどの80年代映画的アメリカの都会です。レトロウェイヴの火付け役となった映画とされるのが、2011年に公開された『ドライヴ』! ロサンジェルスを舞台にしたネオ・ノワール(Neo-noir)、つまり犯罪映画です。主演は、映画『ラ・ラ・ランド』など数々のヒット作に主演するカナダ出身のライアン・ゴズリング。『ラ・ラ・ランド』自体はレトロウェイヴではありませんが、a-haの「Take On Me」やA Flock Of Seagullsの「I Ran」をゴズリングが扮するミュージシャンのバンドで演奏していたので、全く無縁でもありません。
ドライヴ (Netflix)
『ドライヴ』のサウンドトラックにはレトロウェイヴの重要人物が参加しています。まず紹介したいのは、レトロウェイヴの元祖の一つとされるバンド、College。『ドライヴ』においても主題歌的位置付けの「A Real Hero」を作ったCollegeは、フランスの地方都市、ナント(Nantes)出身のDavid Grellierが2005年に結成したユニットで、アルバム・デビューは2008年の『Secret Diary』。
彼はブログで80年代への偏執的とも言えるノスタルジー愛を綴ったValerie Collectiveというカルチャー集団の首謀者でもあります。Valerieはレーベルとしても機能し、Collegeだけではなく、Anoraak(フランス)、Minitel Rose(フランス)、Maethelvin(フランス)、The Outrunners(フランス)、Electric Youth(カナダ)、Keenhouse(ドイツ・アメリカ)などのレトロウェイヴ系アーティストの作品を送り出しています。
Valerieについては2009年にさらに詳細を書きました。
VALERIE~フレンチエレクトロ集団 (All Aboutテクノポップ)VALERIE~THE NEW 80’S (All Aboutテクノポップ)
もう一人の重要人物は、「Nightcall」を収録されたKavinsky。歌っているのは、ブラジルのインディー・エレクトロ女子バンド、CSS (Cansei de Ser Sexy)のリーダー、LovefoxxxことLuísa Hanaê Matsushita(ドイツ、ポルトガル、日本の混血)。
Kavinskyはスラブ系っぽい名前ですが、本名はVincent Belorgey。2006年よりパリを拠点に活動を開始しました。フレンチハウス上がりのレトロウェイヴということからも、Daft Punkにも通じるサウンドです。彼自身は、1986年に愛車のフェラーリ・テスタロッサで事故死し、2006年にゾンビとして音楽活動を始めたと自己紹介しています。また、「Nightcall」も蘇ったゾンビが昔のガールフレンドの家に戻る話らしいです。ジャンル名ともオーバーラップする、彼の唯一のアルバム『Outrun』(2013年)は、本国フランスのチャートでは2位まで上がりました。
『ドライヴ』のサウンドトラックのスコアを書いたのは、Cliff Martinez。Red Hot Chili Peppersなどでドラマーとしても活躍し、サウンドトラック・メーカーに転向した作曲家です。『セックスと嘘とビデオテープ』(1989年)、『ソラリス』(2002年)など数々のサウンドトラックを手掛けており、同じくゴズリングが主演するバンコクを舞台としたネオ・ノワール映画『オンリー・ゴッド (Only God Forgives)』でもスコアを書いています。シングルカットもされている「Wanna Fight? 」は、戦闘シーンにぴったりのクラシカルなレトロウェイヴ。
B級ポストアポカリプス映画『ターボキッド』
SFのサブジャンルの中に「終末もの」があります。人類や文明が死に絶える様子を描いたものは、「黙示録」を意味するアポカリプス(Apocalypse)、文明崩壊後の世界を描いたものはポストアポカリプス(Post-apocalypse)と呼ばれます。絶望的であることにおいてはディストピア(Dystopia)とも似ていますが、ディストピアは厳格な管理統制の下に作り上げられた世界で、ポストアポカリプスは非管理的な世界です。主人公のターボキッドは、文明崩壊後のポストアポカリプスの世界で巨悪と戦うスーパーヒーロー。『マッドマックス』の世界に現れた『ベスト・キッド』のようですが、かなりしょぼいBMXに乗っています。かなりグロいスプラッター要素もありますが、低予算ながら意外に高い評価を受け、続編も予定されています。カナダ産の映画で、カナダのモントリオール出身の二人組、Le Matosによるサウンドトラック全曲は直球のレトロウェイヴとなっています。
ターボキッド (Netflix)
奇想天外SF痛快アクション映画『カン・フューリー』
カンフー達人の警察官である主人公、カン・フューリーは、ナチス軍団を率いるヒットラーを撲滅するために時空の旅に出ます。この短編映画はKickstarterのクラウドファンディングで日本円にして7000万円を集めて作られたスウェーデンの作品です。マイアミが舞台ですが、低予算のためほとんどはスウェデンのウメオで撮影され、デジタル効果を施しています。映画監督のDavid Sandbergからサウンドトラックの依頼を受けたのは、ストックホルム出身のレトロウェイヴ野郎、Mitch Murder! 注目すべきは、『マイアミ・バイス (Miami Vice)』と並び80年代を代表するアメリカのTVドラマ『ナイトライダー (Knight Rider)』の主人公を演じたデビッド・ハッセルホフのカメオ出演していますが、これは『カン・フューリー』の前に「True Survivor」で二人がコラボをしたことに発しており、映画自体のPRにも貢献しました。
Kung Fury (Lost Tapes) (Bandcamp)
David Hasselhoff - True Survivor (from Kung Fury) (YouTube)
映画はフルでYouTubeで視聴できます。
Mitch Murderはスウェーデンだけではなく、全世界的なレトロウェイヴのシーンにおいて活躍し、あらゆる角度で80年代へのノスタルジックな愛を感じさせてくれます。東京発レトロウェイヴとも言えるデビュー・アルバムを発表したばかりのSatellite Youngとも「Sniper Rouge」で見事なコラボをしています。過去にインタヴューにも登場してもらったSatellite Youngのメンバーに訊いたところ、コラボのきっかけは、Soundcloudでのメッセージのやりとりだったとの事。Twitterでとメールでやりとりしながら、メロディーを整え、ヴォーカルのリミックスやアレンジなどを加えて完成したのです。
80年代をギークにするサテライトヤング (All Aboutテクノポップ)
Mitch Murder feat. Emi (Satellite Young) - Sniper Rouge (Bandcamp)
再び、ゴズリング!『ブレードランナー 2049』
レトロウェイヴの人たちは、80年代の映画・TVドラマやサウンドトラックをモチーフにしていることが多いですが、サイバーパンク的ディストピアを描いた映画『ブレードランナー』(1982年)はその代表作と言えます。レトロウェイヴのサウンドルーツについては別の機会に語るつもりですが、サウンドトラックはその重鎮の一人、Vangelisが担当しました。オリジナルの時代設定は2019年でしたが、30年後の世界を描いた続編『ブレードランナー 2049』が2017年10月に遂に公開されます。前作続いてハリソン・フォード、そして重要なレトロウェイヴ映画での常連になったライアン・ゴズリングが共演します。
予告編を見る限り、サウンドトラックもレトロウェイヴ感が漂いますが、今回のスコアを務めたのは、アイスランドのJóhann Jóhannssonです。レトロウェイヴ直系の人ではありませんが、彼が率いるApparat Organ Quartetやソロ作品からは、アンビエント感とクラシック感のある北欧インディートロニカ系サウンドです。サウンドトラックとしては、『博士と彼女のセオリー』(2014年)や『メッセージ』(2016年)も手がけています。Jóhannsson自身も『ブレードランナー』でのVangelisサウンドのファンであったと語っており、どんな出来上がりになるのか、映画とともに楽しみです。
追記(2017年11月14日):『Blade Runner 2049』公開前に、Jóhann Jóhannssonは、このサウンドトラックからは抜けたとの発表がありました。代わって担当したのは、Hans ZimmerとBenjamin Wallfischの二人。両者ともサウンドトラックでは実績があるコンポーザーです。監督のDenis Villeneuveによると、オリジナルのVangelisサウンドに近づけるための判断とのこと。個人的にはちょっと残念であります。
以上、レトロウェイヴ特集第1弾でした。ドラマを中心に第2弾も予定していますので、乞うご期待!