4月9~25日=シアタークリエ、以降5月10日まで福岡、大阪、愛知を巡演
『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』
【見どころ】
世界で最も愛されているキャラクターの一人(一匹)、スヌーピー。その原作漫画『ピーナッツ』の世界観を舞台化した1967年の名作ミュージカルが、新キャストを得て日本では久々に上演されます。自分に自信を持てない男の子チャーリー・ブラウンが、友人たちと様々な経験を重ねてゆくうちに“本当の幸福”に気づく……。シンプルにして深淵な人生のテーマが、『SHOW-ism』シリーズ等を手掛けてきた小林香さんの演出のもと、チャーリー・ブラウン役・村井良大さん、スヌーピー役・中川晃教さんらによって描かれます。簡明だけど何度もかみしめたくなる台詞満載の作品を今回の若手キャストがどう表現するか、注目が集まります。
【稽古場レポート】
『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』稽古より。(C)Marino Matsushima
開幕までほぼ一週間となったこの日は、いくつかのシーンの抜き稽古(部分稽古)の後、通し稽古を実施。抜き稽古ではスヌーピー役の動きに微妙な変更がありましたが、演じる中川晃教さんは動きながら確認、たちまち体に入れ込んでゆきます。中川さんは全員のコーラス部分でも“今、ちょっとテンポが遅れてましたよ”と指摘し歌ってみせるなど、随所で出演者たちの“優しいお兄ちゃん”的存在であることをうかがわせ、それに応えるメンバーたちも阿吽の呼吸。多方面から集ったキャストではありますが、チームワークはすでにばっちり、とわかったところで通し稽古のスタートです。
『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』稽古より。“かわいい”というより“カッコいい”、中川晃教さんのスヌーピー役。(C)Marino Matsushima
何かにつけて自信のない男の子チャーリー・ブラウンとその仲間たち、そしてスヌーピー。たぶんに哲学的な台詞をちりばめた原作漫画の世界が、弦楽器を含むカラフルなバンド演奏に彩られ、舞台上で次々と、テンポよく描かれてゆきます。何をやってもピントがずれているチャーリー役・村井良大さんは自虐的な台詞を言っていてもほのぼのとした味わいでチャーミングにたたずみ、ルーシー役の高垣彩陽さんは終始きっぱり、恋する相手にもあっけらかんと愛を告白。ちゃっかり者のサリー役・田野優花さんは溌溂とした演技にちょっとエキセントリックな味をまぶし、毛布を持ち歩くことと指しゃぶりがやめられないライナス役の古田一紀さんは、かわいらしく優しいオーラと大人びた台詞のギャップが印象的です。シュローダー役・東山光明さんはピアノに向かい、その音色に心酔する姿にストイックなアーテイストぶりを見せ、スヌーピー役の中川晃教さんは意外に人間くさい?犬の本心を、そこはかとないユーモアを漂わせながら聞かせ……と、各キャラクターが個性豊かに、各場面を紡いでゆきます。
『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』稽古より。村井良大さんが演じるチャーリーは必死に好きな女の子への手紙の渡し方を考えるが、最後の最後に痛恨のミスをおかしてしまう……。(C)Marino Matsushima
今回のミュージカル版では“総出”で歌い踊るナンバーも多く、しかもかなりアクティブな構成ですが、出演者たちは例の“阿吽の呼吸”で息の合った動きを見せ、観る者を楽しませます。(名うてのシンガー、中川さんは今回“ダンサー”としても大活躍。)今回はカメラを構えながらの鑑賞だったためつい彼らの動きに意識が集中しましたが、本番では本作の芯にある、“子供の世界を借りて描かれる人生哲学”がどのように響いてくるか、非常に興味深いものがある舞台です。
『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』稽古より。(C)Marino Matsushima
【観劇レポート
抜群のチームワークで描かれる
“子供の世界を借りた、人生の真理探究”ミュージカル】
『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』より。(C)Marino Matsushima
『ピーナッツ(スヌーピー)』の4コマ漫画群を“ミュージカル”という手法でカラフルに舞台化した『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』。久々の登場となる今回の日本版は、小林香さんによる無駄のない、滑らかな演出と出演者たちの抜群のチームワークで、半世紀前のミュージカルとは思えないフレッシュさを見せています。
明確なストーリーに牽引されているわけではなく、4コマ漫画のスキットが次々と登場する本作は一見、無邪気な子供の世界の描写に見えますが、人生や人間世界の本質もさりげなく描き、その突きはなかなか鋭い。
『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』より。(C)Marino Matsushima
例えば、“ピアノを弾くシュローダーとルーシー”の場面。原作にはこのシチュエーションの4コマ漫画が多数あり、その多くが“ピアノ演奏に夢中のシュローダーに、ルーシーが無神経に(あるいは能天気に)愛を語るものの拒絶される”というパターンとなっています。今回の舞台版でも、うっとりとベートーベンを弾くシュローダーに対して、ルーシーは『月光』のメロディに乗せて「私たち結婚したらいいと思うの」と迫りますが、あえなく去られてしまう。
『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』より。(C)Marino Matsushima
このシーンをルーシー役・高垣彩陽さんが突き抜けた無邪気さで、うんざり顔のシュローダー役・東山光明さんが彼女とは“別世界の芸術家”の風情で体現すると、“驚くほど確信的でめげないルーシー”の大胆行動に吹き出しながらも、そこに現れる“コミュニケーションが成立しない状況の一つの法則”や“哀しいほどに異なる男の性(さが)、女の性(さが)”といったテーマの深遠さに、ちょっぴり考えさせられずにはいられないことでしょう。
『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』より。(C)Marino Matsushima
本作の出演者はたったの6名、この規模の劇場で上演される作品では昨今、類を見ない小編成のミュージカルですが、キャストの皆さんの息はぴたり。チャーリーのダメっぷりをチャーミングに演じる村井良大さん、前述の高垣さん、東山さんにちゃっかり者のサリーを溌溂と見せる田野優花さん、少年の面影をうまく役に落とし込んで“大人びた弟”を演じる古田一紀さん、そして人間たちを時に傍観し、時に寄り添うスヌーピーとして楽し気に一座をまとめる中川晃教さん(一幕の「Snoopy」、二幕の「Suppertime」でのR&B色の濃い歌唱は実にのびのびとしており、必聴です)……と、それぞれにカラーは違えど、全員で歌い踊るナンバーには、稽古期間に彼らが培ったのだろう互いへの信頼感が溢れ、観ている側も温かな気持ちに包まれます。
『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』より。(C)Marino Matsushima
そして最後のナンバーで彼らがあれこれ言及する、日常に潜む“幸せ”。人生の真理は深遠だけれど、幸福の追求は存外、こんなにシンプルなのかもしれないよ、と観る者の人生を肯定し、励ます本作。様々な経験を経てきた大人はもちろん、人生に惑い始めた若い世代にも大いに“体験”していただきたい舞台です。