メインストリームの価格帯で妙に惹かれる“商用車”
予算300万円以内、というと、ベストセラー・プリウスを核とした日本の乗用車販売におけるメインストリームの価格帯だ。この予算感で輸入車のラインナップを眺めてみたときに、筆者などが妙に惹かれてしまうのが、ルノーカングー。
日本におけるカングー人気は、ルノー本社にとって、世界のマカ不思議のひとつ。乗用車らしく飾ってみたとはいうものの、本質的には“商用車”でしかないカングーと、その対極にあるルノー・スポール(RS)モデルしか買わない日本人の対ルノーメンタリティが、不思議でしょうがないことだろう。
もっとも、どんなモデルにしたところで、ルノーブランドに目をつけること自体、日本市場においては“極めつけの変わりモン”(失礼! )。その数=ルノーの日本における販売台数、は、年間5000台前後で、そのうちのおよそ1/3くらいがカングーらしい。
カングーオーナーだけの祭典「カングージャンボリー」には、毎回なんと約1000台(2016年は1108台)ものカングーが集まるのだという。そんな日本におけるカングー人気を語るとき、忘れてはならないのは、インポーターの地道、というか、思い切った販売戦略だ。カラフルな限定カラーモデルを次々と販売したり、フランス国内専用のビポップを導入してみたりと、日本におけるマイナー輸入車のマニア向け“売り切れご免”限定販売手法を確立した。
カングーに限らずルノー・ジャポンの面白いところは、“ユーザーたちの喜ぶ顔がみてみたいので入れてみよう”的精神が凄まじいことだ。日産ルノーアライアンスの正規輸入部隊であるにも関わらず、まるで並行輸入業者なみのアイデアを実現する。否、正規だからこそメーカーを巻き込んだ突飛な戦略も選べるわけで、メガーヌRSの憲兵隊高速警備車仕様を導入した際には、ちょっとした悶着もあったらしい。
もっとも、ルノー・ジャポンが、良い意味で調子に乗って攻めていけるのは、熱心なユーザーがそれなりいる、としっかり(ちゃっかり)計算できるからこそ、だ。そして、熱心なユーザーは、何もジャポンの一風変わった販売戦略や見映えの適度なオシャレさにほだされてカングーを買っているんじゃない。実用車としての性能が秀でていていると知っているからこそ、先代のころから応援し続けている。そんな熱いカングー愛が、徐々にフォロワーを増やし、今のカングー人気が確立されていった。
ちゃんとドライバーとの一体感がある
その実力のほどは、なるほど、カングーを知らない人がカングーのカタチだけをみて想像するパフォーマンスを500%裏切る、というくらい凄い。
はっきり言って、カタチは商用車そのもので、それをオシャレというのはもちろん主観的な好き嫌いの話だけれども、有り体に言って不格好なバンである。インテリアの質感もチープこのうえなく、すべてが安普請。日本の軽自動車のほうが、いまどき、よっぽど見映えは上質だ。見た目だけでいうなら、そしてそのスペックを理解したところで、このクルマを手に入れるのに300万円も掛かると知れば、多くの一般的な日本人はきっと、開いたクチがふさがらないだろう。見たまま、カタログを読んだままで判断するとしたならば、日本で年間2000台近く売れていること自体が奇跡に思えてくる。
しかし、乗れば乗るほどに、それが奇跡でも何でもないことが分かってくるというあたりが、カングーの不思議な魅力の源泉だろう。
まず、こんなカタチをしているのに、動きがとてもいい。一貫性がある、つまり、ちゃんとドライバーとの一体感がある。この場合の一体感というのは、人馬一体とかいったスポーツ系のそれじゃない。操作に対するクルマの反応が、人間の感覚に過不足なく遅れていて、しかもそれがどんな場面、領域においても変化が一定である、ということ。要するに、思ったように動いてくれる。いちいち、自然で気分がいい。そのうえ、きっちりダンピングの効いた乗り心地は空荷でも心地よく、なるほど、この商用バンが、たとえひとり乗りの自家用車であっても愛されている理由が分かるというものだ。
街中での乗り味が“乙”なものだとすれば、高速領域においては文句なしに“甲”を進呈したい。ドライバーがハンドルに軽く手を添えているだけで、真っ直ぐに走る。この場合の真っ直ぐとは一直線に走るということを意味しない。そんな道など日本には北海道くらいにしかない。実は凸凹で、様々に曲がった舗装路面を時速80~100km/hの領域をキープしつつ、乗り手を不安にさせることなく、疲れさせることなく、気持ち悪くさせることなく、走りきってくれる能力のことを言う。
この形状だから、当然、横風の影響もうける。けれども、カングーは決してへこたれない。路面にくらいついて離れない。段差を超えたときのショックの収め方なんぞは、もはやメルセデス級だ。
加速時のエンジン出力や空調などを制御することで、燃費を向上させるECOモードを採用した。減速時などのエネルギーを再利用するESM(エナジースマートマネジメント)や、アイドリングストップ機構なども備え、燃費を向上させてくれる
疲れないから、長距離ドライブを終えたあと、すぐにもう一仕事だってできる。目的地で、目的のための体調を整えさせてこそ、真の実用車というべきだ。カングーは、そこが、とても真っ当で、国産実用車の及ぶところではない。
極めるならMT、総合的にはEDCがオススメ
ゼンEDC(259万円)、6MTのアクティフ(235万円)とゼン(247万円)には1.2Lターボを搭載。ゼンAT(241.5万円)には1.6Lを積んだ。ちなみにアクティフはブラックバンパーなどを備えたエントリーモデル
新たに、デュアルクラッチトランスミッションのEDCグレードが加わり、これで、日本仕様の選択肢は、1.2Lターボ+EDC、1.2Lターボ+6MT、そして1.6L+4ATの、3パワートレーン・4グレード構成となった。
“らしさ”を極めるなら、走りもより痛快な3ペダルのマニュアルミッション仕様をオススメしたいところだが、マニアに過ぎるだろう。リセールバリューは悪くないと思うが。
ふだん乗りの懐の深さや積載時の余裕を重視するなら1.6、軽快な走りを楽しみたい向きにはEDC、となるけれども、総合的にみて、ベストチョイスはやはり、最新のEDCに落ち着く。