ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

ウエンツ瑛士、喜劇を究める【気になる新星vol.27】

2014年のトニー賞で作品賞他4部門を受賞した話題作『紳士のための愛と殺人の手引き』が、豪華キャストで日本初演。物語の起点となる青年役をダブルキャストで演じるのがウエンツ瑛士さんです。マルチに活躍中の彼がユーモア・センス全開で取り組むドタバタ喜劇、どんな舞台になりそうでしょう?ご本人の並々ならぬ決意を伺いました!*観劇レポートを掲載しました!*

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

ウエンツ瑛士undefined85年東京都出身。幼少より芸能界で活躍、9歳で『美女と野獣』日本初演にチップ役で出演。俳優、タレントとして映画、TVに出演する一方、小池徹平とのデュオWaTで音楽活動も展開。14年『天才執事ジーヴス』で本格的にミュージカルに進出、15年は『スコット&ゼルダ』に主演した。(C)Marino Matsushima

ウエンツ瑛士 85年東京都出身。幼少より芸能界で活躍、9歳で『美女と野獣』日本初演にチップ役で出演。俳優、タレントとして映画、TVに出演する一方、小池徹平とのデュオWaTで音楽活動も展開。14年『天才執事ジーヴス』で本格的にミュージカルに進出、15年は『スコット&ゼルダ』に主演した。(C)Marino Matsushima

*最終頁に『紳士のための愛と殺人の手引き』観劇レポートを掲載しました*

20世紀初頭の英国を舞台に、自分が伯爵継承第8位にあることを知った貧しい青年が、伯爵と継承候補者たちを一人ずつ消してゆく……。重厚なサスペンス・ドラマのように聞こえてその実、とてつもなく“おバカ”に展開するドタバタ喜劇が『紳士のための愛と殺人の手引き』です。奇想天外な物語をスピーディーに描き、軽快な音楽と歌で彩った手腕、そして何より、8人の“邪魔者”たち全員を一人の俳優が演じ分けるという趣向が高く評価され、作品は2014年のトニー賞で作品賞、脚本賞など4部門を受賞。この度、満を持して日本初演と相成りました。

8人の被害者たちを演じるのは、日本を代表する俳優の一人、市村正親さん。過去にも一人芝居『クリスマス・キャロル』で一人54役を演じるなど、自由自在の表現力は様々な舞台で実証済みですが、今回は当代の伯爵から女優、聖職者、若い貴族と老若男女さまざまな人々を、登場の度に扮装をがらりと変え、ナンバーを歌い踊りながら演じるという離れ業に挑戦。さしもの名優も大汗をかきながらの“八変化”か、と注目が集まっています。
『紳士のための愛と殺人の手引き』

『紳士のための愛と殺人の手引き』

いっぽう、市村さん演じる8人を次々と消してゆく青年モンティを(柿澤勇人さんとの)ダブルキャストで演じるのが、ウエンツ瑛士さん。本格的なミュージカル出演は3作目ですが、ロイド=ウェッバー、フランク・ワイルドホーンというミュージカル界を代表する作曲家たちの作品を着実にこなし、存在感を放ってきました。今回はある日突然“爵位継承権”をちらつかされ、野心に目覚めてゆく……という一見、ハードボイルドな役柄を、“ドタバタ喜劇”の中で演じる予定。TVでバラエティ番組を数多くこなし、百戦錬磨のウエンツさんをもってしても高難度に映る作品だそうですが、どんなアプローチを考えているでしょうか。9歳での初舞台が『美女と野獣』日本初演だったというミュージカルとの縁、少年時代の意外な夢を含め、これまでの歩みとともに語っていただきました。

コメディは“笑いを取りに行く”のではなく、
瞬間、瞬間の“押し引き”がポイント

――まずは本作『紳士のための愛と殺人の手引き』の第一印象からお聞かせください。

「台本を読んだ時、全く前知識なしに読み始めたので、はじめは混乱しましたね(笑)。とにかく入れ替わり立ち代わり重要人物が出てきて、青年モンティは10頁くらいごとに違う人物とやりとりしてるけど、これ、いったいどういうこと!?、と。後になってそれが一人八役と聞き、なるほど、と思いました。それとこの作品、コメディという触れ込み無しに読み始めると、コメディとしてでは全く無く、読めたんですよ。純粋に、(サスペンス的な)読み物として面白い。コメディという大枠はあるけど、それを取り払っても演じられる作品なんだな、と思いました」

――お笑い芸人の方々含め、様々な方々とバラエティ番組をこなしてこられたウエンツさんとしては、今回のようなコメディは腕がなるのでは?

「いえいえ、まだミュージカルは今回で3作目ですし、自分がどういったジャンルのものが得意なのかはわかりません。TVのバラエティ番組では、いろんな方々に助けていただいているのであって、決して自分の実力でやっているのではない、というのが率直な思いです。今回の舞台はその瞬間、瞬間の塩梅がすごく重要で、最初から“笑いを取りに行く”のではなく、押し引きがポイントになってくるのではないでしょうか。そう思えるのはTVの経験があるからだとは思いますが、それをうまくこなせるか、は別の話です。

今回のように、一つの作品を演じるよりも、例えば“20分あげるからお客さんの前で好きなことやって笑わせて”と言われたほうが、まだ僕にとっては楽に取り組めるのかもしれません。作品として成立させながら笑いのバランスをうまく保ってというのは舞台では経験が少ないので、やってみないと……という感じです。とにかく、今回のモンティの立ち位置は相手次第でころころ変わっていくと思いますので、共演する市村さん、シルビア(・グラブ)さん、(宮澤)エマちゃんたちがどう出てくるかによって対応できる自分でいたいな、というのが一番です」

――“モンティの野望は達成されるか!?”がポイントの物語なので、ウエンツさんは必然的に出ずっぱりですね。
『紳士のための愛と殺人の手引き』製作発表より。よく見ると市村さんが8人?

『紳士のための愛と殺人の手引き』製作発表より。よく見ると市村さんが8人?

「市村さんが役替わりの度に着替えないといけないので、その間、誰かが舞台に立っていなくちゃいけない。それがモンティの役目なんだろう、と思います(笑)。市村さんは素晴らしい実力の持ち主でいらっしゃるので僕らは何も心配していませんが、そうはいってもご多忙な中でこれだけ体力を消耗する役どころを演じられるので、せめてご自身の役だけに集中できる環境を僕らで頑張って作って、できるだけ自由に、楽しんで演じていただけるといいなあと思っています」

“野心”よりもむしろ“運命”に
突き動かされてゆく青年モンティ

――モンティは、はじめは好青年ですが、爵位継承権をちらつかされたことで、次第に野心の虜になってゆくという役どころです。
『紳士のための愛と殺人の手引き』モンティ(ウエンツ瑛士)

『紳士のための愛と殺人の手引き』モンティ(ウエンツ瑛士)

「僕は、野心は誰にでもあると思っています。モンティの場合、悪事を働こうと思って動いていたわけではなく、たまたま、それを実行するチャンスが“与えられてしまった”。あとはこのボタンを押すだけですよ、という状況に巡り合ってしまったのがスタートだと思うので、“野心”というよりも“運命”という感覚が、彼の中にはあるんじゃないかと思います。

例えば、何もないところに自分で穴を掘って人を落とそうとしたらそれは“野心”だけど、既に半分穴が開いていてスコップが立てかけてあったら、その瞬間、人は“野心”というより、“これは神様が仕組んだ運命!?”という思い込みに突き動かされる。モンティはそういう感覚だったのではないかと思うんです。それと、一人目を殺すときと引くに引けない状況で5人目にとりかかるときではその時々の感情は明らかに違うと思うので、その段階はしっかり踏まえて、キャラクターに厚みを出すということを大事にしていきたいですね。

ただ、この作品には周囲とのやり取りの中で笑える要素がたくさんあるので、あまり自分の役の中に入り込まず、テンポよく相手役にバトンを渡すことも意識しないと、と思っています。さらにモンティは柿澤勇人君とのダブルキャストなので、市村さんのお芝居を受けつつ、柿澤君のやり方も思い出しながら演じていかないと。今回のモンティ役は自分で“作っていく”だけでなく、“作られてゆく”部分も半分くらいあるのかな、と予想しています」

――もう一つ、モンティという青年はシベラ(シルビア・グラブさん)という彼女がいながら、全く異なるタイプのフィービー(宮澤エマさん)にも恋してしまうという、大変美味しい(笑)役どころです。

「あれこそよくわかるというか、モンティは本当にどちらも好きなんだろうな、と僕は思っちゃいますね。それが悪いという感覚が無いので、ま、いいかとも思っていない(笑)。よく、女性は好きになる人をどんどん上書きしていくのに対して、男は上書きせずにそれぞれのファイルに入れて行く、というじゃないですか。それでファイルを開いては、その女性を“好き”な気持ちに浸る、という。そういう感覚で、彼は自分の気持ちに正直にいようとしたのでしょうね。どちらを選ぶというわけではなく、まあそのうち自然にどちらかと結ばれるだろうという、どこか天任せの部分もあったんじゃないかと思います。女性のお客様に“反感を持たれないように”と演じるのもかえって反感を持たれそうなので、ここは純粋に演じようかなという気がしていますね」

何が起こっても対応できる“余裕”を
持つ自分でありたい

――これがブロードウェイ・デビューとなったスティーブン・ルトバクによる楽曲はいかがですか?
『紳士のための愛と殺人の手引き』製作発表より

『紳士のための愛と殺人の手引き』製作発表より

「歌うのはすごく難しいですけど、楽しいです。軽やかに歌う曲が多いんですが、こういうコードだったら次はここに降りるよね、というところに音が降りていかないんですよ。そこにこの音降りる?ここに出す?という音がたくさんちりばめられているのが、この作品の魅力だと思います。ただ、歌うにあたってはそれが“普通じゃない”と気づかれたり、“そこに音が降りるのか”と思われてしまったらアウト。僕らはそれらの音が“当たり前”に聞こえるほど歌いこんで、お客様に“自然に、体の中にはいってきた”と思っていただけるように、と思っています」

――今回、ご自身の中でテーマにされていることはありますか?

「歌と、“余裕”ですね。自分のことでいっぱいいっぱいにならずに隙間を作っておいて、何か新しいことが起こっても対応できる自分でありたいです。それも、稽古場の段階から。覚えるべきことは早く自分の中に入れて行って、周囲がいつもとは違うことをしたら僕も臆さず返せるように、常に余白をもっておきたい。この思いは今回の舞台に限らず、TVを含め、どのお仕事をしていても共通して抱いています」

――日本版『紳士のための愛と殺人の手引き』、どんな舞台になりそうでしょうか?

「“もう一回観たい”と思える舞台になるんじゃないかな。きっと(演劇的な)仕掛けがいっぱいあるし、この顔ぶれなので、台本にない伏線もたくさん張り巡らせると思います。遊びに来ていただく感覚で劇場にお越しいただいて、御覧いただいた後は“楽しかった!でもあの伏線、気になるよね。もう一回観てみない?”と言い合っていただけるよう、一回一回、新鮮な気持ちで僕らも務めます」

*次頁ではウエンツさんの“これまで”をうかがいます。9歳にして大作ミュージカルに出演していたウエンツさん。タレント・歌手・俳優として幅広く活躍してきた彼が本格的にミュージカルに“帰って”来たのは、それこそ“神様の思し召し”だったのかも(?)しれません。
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