身体だけでなく心の状態も左右する、脳内神経伝達物質とは
眠気、浮かない気分、ワクワクした気持ち……脳内の神経伝達物質は、私たちのあらゆる精神活動を調整しています
これらの物質は、私たちの精神活動に深く関わっています。気持ちが乗らない時、何かワクワクする時、将来のことに不安を感じている時……それらの気分を起こしているものは、抽象的な心ではなく、これらの物質です。これらの分泌が過剰になったり不足したり、深刻な問題が現れてしまうことで、うつ病や統合失調症など心の病気を発症してしまうケースもあります。
心の病気をより深く理解するために、そして日常の不調をこれまでとは少し違う角度から見れるようになるために、身近なのに意外としらない脳内神経伝達物質について詳しく解説します。
様々な神経伝達物質が担う「シグナルの受け渡し」
私たちが起きている時も眠っている時も、生命を維持するために必要な生理活動は絶え間なく続いています。心臓は拍動し、血液は血管を流れ、腸管は食べ物を消化しています。脳は精神活動だけでなく、こうした生理活動に対しても必要に応じて指令を出しており、そのシグナルが脳内の神経細胞から神経細胞へ伝達していきます。神経伝達物質はその役割を担う物質です。神経伝達物質にはかなりの数があります。アセチルコリン、ノルアドレナリン、セロトニンなどのよく耳にする物質名は、ほんの一部です。脳内のそれぞれの神経系で、神経細胞がどの神経伝達物質でシグナルを伝えるかは、その神経系が何かによって決まります。
たとえば、アセチルコリン系の神経系と言えば、アセチルコリンが神経伝達物質になる神経系を指しますが、この神経系は副交感神経の調節にも関わります。
副交感神経は一般に私たちが休んでいる時や眠っている時に活発になり、食べた物が体内にあれば、それが適切に排出されるように、消化腺からの分泌を増し、腸管運動を活発にします。もしも脳内でアセチルコリン系の神経系の機能が低下すれば、副交感神経系の機能が低下してしまいます。その結果、便秘症状や、唾液腺の分泌低下のために口が乾くなどの問題が現れる可能性もあります。
心の病気の治療薬は、脳内神経伝達物質の機能を調整する
うつ病、統合失調症などのいわゆる心の病気の大部分は、脳内の原因がまだ完全には分かっていません。しかしこれらが現わす精神症状に対して、治療薬はかなり効率的に対処できます。そのため幻覚や妄想が現れるような、かなり深刻な精神疾患であっても、ひとたび治療を開始すれば、その問題症状がそれ以上悪化していくことはあまりありません。そしてそのまま治療を続けていけば、多くの方が日常生活をそれまでのレベルで送れるようになります。
うつ病、統合失調症などの心の病気の治療薬は、一般に脳内の神経伝達物質の機能を調整します。たとえば、統合失調症の治療薬は脳内のドーパミン系などの機能を調整します。統合失調症では、ドーパミンのレベルが脳内のある領域で通常よりかなり高くなり、そしてある領域ではかなり低下することが症状の深刻さに関係があると考えられています。実際に、抗精神病薬は脳内のドーパミン受容体に結合し、ドーパミンによる情報伝達を遮断することで、妄想や幻覚などの症状にかなり効果的に対処することができます。
日々進化する治療薬
うつ病や統合失調症など心の病気は脳内神経伝達物質を調節することで、かなり効果的に対処できます。その結果、多くの方が自分に合った仕事を続けられたり、まわりと良い関係を維持できたりと、治療のゴールを達成しています。ただ問題は、すべての方が治療ゴールを達成できているとはまだ言い切れないことです。その要因は幾つかありますが、たとえば統合失調症では、現在の治療薬ではまだ対処しにくい問題が幾つかあります。具体的には顔に表情が現れない、動作が緩慢になるといった「陰性症状」や、日常生活に支障が出るほど認知機能が低下するといった症状が起こることがある点です。こうした問題の現れ方にはかなりの個人差があり、深刻化してしまう患者さんも全体から見れば少数ですがいらっしゃいます。こうした問題症状にいかに対処していくかが、統合失調症に対する今日の大きな治療課題ともいえます。
現在、世界中で開発が進められている新しいタイプの抗精神病薬は、これらの陰性症状や認知機能の低下に対処できるよう、その原因と考えられている脳内の特定の領域にも作用できるように設計されています。そのため従来の治療薬をかなり進歩させた治療薬になると期待されているのです。
そして、脳内神経伝達物質に作用するのは、これらの心の病気に処方される薬だけではありません。よくある症状に使われる一般的な市販薬も、脳内の伝達物質に変化を起こすことがあります。日常的な眠気を左右するものもあるので、最後にそれについても解説しましょう。
突然の強い眠気…ヒスタミンが働いていないことが原因かも
ここまでお伝えした通り、脳内神経伝達物質にはさまざまなタイプがあります。少し専門的になりますが、前述したセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどは、「モノアミン系」と括られる神経伝達物質です。これらは心の病気に関係深い神経伝達物質ですが、同じモノアミン系の物質として有名なのが「ヒスタミン」です。ヒスタミンは花粉症に関わる物質でもあるので、花粉のシーズンになると耳にすることが増えるかもしれません。ヒスタミンは脳内では神経伝達物質になり、覚醒状態を維持する機能を担っています。日中に強い眠気を感じる場合、ヒスタミンの機能が低下していることも考えられます(もちろん、前日の寝不足、疲れ、その他の様々な要因により眠気は左右されるものですが……)。
ヒスタミンの機能が低下する要因も幾つかありますが、よく指摘されるのはアレルギーである花粉症の薬の副作用として現れることです。本来意図した神経系ではなく、脳内のヒスタミン受容体に薬が結合してしまうことで、ヒスタミンの機能が低下し、結果として眠気が強まってしまうのです。脳内神経伝達物質により起こる好・不都合は、心の病やその治療などでの特別なものではなく、ごく日常的に誰の心身にも作用するものだということがお分かりいただけるかと思います。
以上、今回は脳内神経伝達物質について詳しく解説しました。実は神経伝達物質と見なされている物質は現在も増え続けており、酸化窒素といった気体までもが脳内では神経伝達物質として利用されていることが分かったりもしています。神経伝達物質は、今後ますますその種類と働きが注目されるものになっていくのかもしれません。