【観劇レポート
いくつもの愛が濃厚に絡み合い、衝突するロック・ミュージカル】
『マーダー・バラッド』撮影:森好弘
アンニュイなギター・サウンドをねっとりと響かせて始まる舞台。薄闇の中、客席通路を通ってバーを模した舞台上に現れた出演者たちは、ナレーター(濱田めぐみさん)のリードで物語を演じ始めます。
『マーダー・バラッド』撮影:渡部孝弘
ニューヨークの片隅で出会ったトム(中川晃教さん)とサラ(平野綾さん)。それぞれ俳優と歌手を夢見る彼らは運命のように引き寄せられ、愛し合うが、二人の思いはいつしかボタンの掛け違いのようにずれ、トムはサラのもとを去る。傷心の彼女は捨て鉢になり、その夜、行き当たった詩人マイケル(橋本さとしさん)にキスを迫るが、思いがけない彼の包容力に惹かれ、二人は結婚。娘も生まれ、幸福な日々を送るが、数年後、何か満たされないものを感じ始めていたサラの前に再びトムが現れ、平穏な生活が壊れてゆく……。
『マーダー・バラッド』撮影:渡部孝弘
いくつもの愛が交錯するこの物語で、上村聡史さんの演出はトムとサラの“本能の愛”を情熱的に、サラとマイケルの“等身大の愛”を穏やかに、そして悲劇の予感が迫る後半をスリリングにとテンポよく色分け。物語の軸となるサラ役、平野綾さんは本能のままに生きていたのが“妻”そして“母”となり、地に足をつけて歩き始めるも後ろ髪をひかれてゆく様を体当たりで表現。対して、悪魔的な魅力を持ち、女には不自由しないだろうにサラを忘れられず、破滅的な行動に出るトム役・中川晃教さんは、ご自身の得意とする高音域を封印した今回の楽曲でダークな情熱溢れる声を聞かせ、“悪役”となりがちな役柄に奥行きを与えています。サラを“つつましい日常の幸福”へと導く橋本さとしさんは、“大人の男”の包容力、家族のために夢を諦めた切なさを吐露するシーンのリアリティに加えて、役柄に似合わない(!?)激しいロック調のナンバーも軽々とこなす歌唱力が流石。そして彼らの三角関係を時にたばこをくゆらせながら、時に声を立てて笑いながら見守り、物語るナレーター役、濱田めぐみさんの、絶妙の存在感。衝撃の結末に辿り着いた時、それまでの彼女の姿を思い返せば一つ一つが腑に落ち、もう一度観たくなることでしょう。
『マーダー・バラッド』撮影:渡部孝弘
ところで本作のタイトルにもなっているmurder ballad(殺人歌物語)は、欧米では伝統的なもので、17世紀半ばごろから人々は実際にあった殺人事件を歌に仕立て、ニュースと娯楽双方の色合いをもって流行らせていたといいます。その中には、英国人とアイルランド人を登場人物に重ねた政治的な歌(「Lily of the West」)など、しばしば暗喩を含んだ歌もあったのだとか。今回の舞台も、シンプルな“愛憎のもつれによる殺人事件簿”とみるか、それ以上の暗喩が含まれているのか。観る人の立場や人生ステージによって、観方がまるで異なってくる……かもしれません。