官能と激情に彩られたロック・ミュージカル『マーダー・バラッド』で人妻役に挑戦
平野綾 愛知県出身。10歳で児童劇団に入団、CMや音楽ユニットでの活動を経て声優デビュー、06年『涼宮ハルヒの憂鬱』でブレイク。11年に『嵐が丘』でミュージカル・デビューし、以降『レ・ミゼラブル』『レディ・べス』『モーツァルト!』『モンティ・パイソンのSPAMALOT』『エドウィン・ドルードの謎』に出演(C)Marino Matsushima
12年、NYのシアタークラブでの初演が大ヒットし、13年にオフ・ブロードウェイに進出したとびきりセクシーな舞台が、ついに日本上陸。中川晃教さん、平野綾さん、橋本さとしさん、濱田めぐみさんという理想的なキャスト、演出に文学座の上村聡史さん、訳詞・上演台本に森雪之丞さん、音楽監督に島健さんという布陣で上演されます。
ナレーターが語りだす、一人の女と二人の男の物語。サラはかつて、激しく愛しあったトムに捨てられ、包容力あるマイケルと結婚、一女をもうける。幸せだが単調な日々のなかでサラはトムと再会し、愛が再燃。そしてナレーターの予言の通り、殺人事件が起こる……。
登場人物は4人きり。シンプルにしてミステリアスな愛憎物語を、時にけだるく、時に激しいロック・ナンバーで綴ったこのミュージカルで、二人の男に愛されるヒロイン、サラを演じるのが平野綾さん。声優として人気を集め、11年の『嵐が丘』を皮切りに『レ・ミゼラブル』『レディ・べス』『モーツァルト!』などの大型ミュージカルでも活躍、いま最も勢いに乗る若手女優の一人です。そんな彼女が4か月のNY滞在後、第一作となる本作をどうとらえているか。実は保育園児の頃から(!)ミュージカルが大好きだったという彼女に、今後のヴィジョンも含め、たっぷり、じっくりお話いただきました。
――本作に触れたのは、台本が最初だったのですか?
『マーダー・バラッド』
――台本がシンプルな分、いろいろなやりよう(演出)がありえそうな作品ですね。
「確かにシンプルなのですが、だからこそどういうふうにも捉えられる部分もあって難しいということに今、稽古場でみんなが直面しているところです。最終的には(解釈を)お客様に委ねる部分も多くなると思うのですが、どういうヒントを私たちが積み上げていくかがすごく難しいな、と」
――ネタバレにならない範囲で、ぎりぎりまでうかがいますが(笑)、本作は表面的にはシンプルな、一人の女と二人の男の三角関係の物語。けれどもきっとそれだけではないと思わせる、演出上の“企み”のようなものが終始漂います。平野さん的には第一印象の段階で、どんな作品ととらえられましたか?
『マーダー・バラッド』制作発表にて。(C)Marino Matsushima
――キャストの中でもアイディアは様々なのですね。
「この作品は男性脳、女性脳ではっきり捉え方が分かれると思います。たとえば(サラの昔の恋人である)トムってこういう人だと思ってることが、演じる中川(晃教)さんと一致しないし、中川さんがサラとの関係性について考えていたことを聞いて“私は女の感覚でこう思ってました”と驚くこともありました。本作の作者(原案・脚本・作詞)は女性(ジュリア・ジョーダン)なので、彼女自身の脳がナレーターの脳に繋がっていて、話が進んでゆくにつれてそれがより明解になってくるのではないかな、と思います」
――平野さんの中では、サラはどんな人物でしょうか?
『マーダー・バラッド』制作発表にて。(C)Marino Matsushima
一見共感できない女性に見えるかもしれないけれど、よく考えれば、こうしたことは誰にでも起こりうるかもしれません。誰しも人生の選択をしてきたなかで、あそこでもう一つの方を選んでいたら、全然違う人生になっていたかもしれない、そう思わせる役なのかな。ナレーターと意外なところでリンクしている部分もありますし、女性ならではの目線を感じさせるナンバーもあります。そういった部分を(お客様には)ぜひ見ていただきたいです」
――トムとマイケルは全く異なるタイプですが、サラはそれぞれどこに惹かれたのでしょう?
「トムはかつて、サラが女として一番成長するときに過ごした相手で、何も包み隠さず、信頼し合っていました。それがすれ違いというか、お互いに決断できないことが続いて別れたけれど、完全には切り離せない。まだ今は掴めていませんが、お互い持っている何かがどんどん自分たちを追い詰めてしまう、でもサラにとっては本当に魂の片割れで、絶対にこの人しかいないと思える相手がトムなのではないかと思います。
かたやマイケルは、それまで彼女が触れてこなかったタイプの人間。トムと別れたサラは彼に対する反動もあって、なんとしてでも幸せになろうとし、理想の男性像、父親像であるマイケルとの暮らしに自分を無理にでも当てはめようとします。だから一番近い存在のはずのマイケルとの間には壁があるというか、わかりあっているようで、お互いのことをしっかり見てない。とても切ない関係です」
“いろいろな答え”が渦巻きそうな舞台
――今回、ご自身の中で課題にしていることは?『マーダー・バラッド』制作発表にて(C)Marino Matsushima
――どんな舞台に仕上がりそうでしょうか?
「観ている人の心が、かなりえぐられる作品になるのではないかな。それもその方のアンテナによって、いろんな答えが渦巻くだろうなという気がします。自分の生き方と照らし合わせてみていただけたら、と思います。
面白いのは、もともとバーでやっていた演目だから、お酒を飲んで気楽に観られる演目かと思いきや、全くそうではないんですよね。いつの時代も変わらない“人間の欲望”をむき出しにしているから、カップルが観たら疑心暗鬼になったり、喧嘩してしまうかもしれません(笑)。ステージ上にはビリヤード台があって、そこでエロティックな描写があったりもしますので、観ている方は気まずい、でもちょっとこの“危険な感じ”を見てみたい、とドキドキさせてくれる舞台になると思います!」
*次頁からは平野さんの「これまで」をうかがいます。保育園児の頃から(!)ミュージカルに憧れて児童劇団に入ったものの、長身だったため、なかなか機会に恵まれなかったという平野さんですが……。