心の病気からの回復・完治の考え方とは
うつ病や統合失調症など心の病気からの「回復」とは、問題になっていた症状の緩和だけではありません。病気が生み出した問題全体からいかに回復していくか……その道筋はひとりひとり違ってくるものです
しかし、心の病気の場合は少し異なります。問題になっていた精神症状が緩和したあとも、病気が生み出した深刻な問題が場合によっては続いてしまうことがあるためです。
今回は心の病気を発症したあと、それからいかに回復していくかを、その道筋とともに、多様性についても詳しく解説したいと思います。
問題となる症状に対処するためには通常治療薬が不可欠
心の病気にはうつ病や統合失調症など、さまざまな疾患があります。これらの疾患の発症時には、まず各病気の症状をいかに緩和させるかが最重要です。うつ病ならば、まず病的な気分の落ち込みを、統合失調症ならば妄想や幻覚など発症時の精神病様症状を緩和させる必要があります。そのためには通常、治療薬が不可欠です。それは脳内に医学的な問題が起きていることが、それらの症状の原因だからです。他の外科的な処置を必要とするような病気が気合いだけでは治らないのと同様、心の病気も自分自身の意思の力だけで対処できるものではないのです。
具体的には、うつ病の患者さんは病的に落ち込んだ気持ちを意思の力だけで元に戻すことは通常困難です。同様に、統合失調症の患者さんがその発症時に現われやすい妄想に対して、まわりの人がそれにどんなに異をはさんでも、その妄想を否定することは難しいでしょう。なぜなら脳内の問題のために、妄想は本人にとっては現実と変わらないほど心深く根付く信念と呼べるレベルになってしまっているからです。
こうした症状に対処するためには、その原因である脳内の問題に対処していく必要があります。うつ病に対しては抗うつ薬、統合失調症の発症時には抗精神病薬で対処します。
症状が緩和したら、その状態を維持することが次のステップ
問題になっていた症状が治療によって落ち着いたあとは、その状態を維持していくために、通常治療薬をある程度の期間、飲み続けていく必要があります。それは精神症状が落ち着いたからと言って、その原因である脳内の問題が充分解決されたとは限らないからです。その間、治療薬を飲むのを自己判断でやめてしまったり忘れてしまったりするのは、症状の再発につながる大きな要因です。服薬を充分順守するためには、なぜ症状が良くなっているのに薬を飲み続ける必要があるかを、患者さん自身がしっかり理解しておく必要があります。
また、症状の再発につながりやすい大きな要因として、生活環境のストレスも挙げられます。それに対する対処法は患者さんだけでなく、ご家族の方もはっきり意識しておきたい事です。心の病気から回復していく際、患者さんと共に暮らされる家族は、いわば1つのチームになっていることが求められます。
実際、家族の一員が深刻な病気を発症するということは、家族全体にとってもたいへんな試練です。病気の症状は時に患者さんとご家族のコミュニケーションを難しくさせてしまう可能性もあります。こうした病気が引き起こす家庭内の問題に対しても必要に応じて適切な対処法をアドバイスしていくことも、心の病気を治療していくうえで重要です。
場合によっては心理社会的治療が必要になることも
病気の症状が問題のないレベルになったあとは、それを維持していくだけでなく、学校や職場、そして人間関係のあり方、さらには自由時間の満足度などが病気の発症前のレベルに戻っていくこともたいへん重要です。うつ病や統合失調症など心の病気に対する治療は今日かなり効果的になっており、多くの方がうつ病や統合失調症などの心の病気から充分回復し、発症前と同じレベルで、あるいはそれ以上のレベルで人生を満喫されています。
ただ、そこに至る過程はかなり個人差があります。もし、家族や友人など、自分をサポートする人間関係があり、日々自分に合った仕事で充足感を得ているような場合は、問題になっていた精神症状が収まれば、順調に回復していくでしょう。
しかし、生活環境のストレスは場合によっては深刻化することもあります。例えば、家庭内に不和を抱え、新しい職場になかなか適応できないといった場合、回復は1直線とはいかず、2歩前進しては1歩後退するような時期がしばらく続くかもしれません。
また、心の病気はその発症年齢や治療に要した期間によっては、特に思春期後半から20代前半までの、人が大人になっていく重要な時期に深刻な精神疾患を発症した場合、社会生活を難しくさせるような問題が現われやすくなります。
たとえば統合失調症はまさにこの10代後半から20代に発症しやすいです。その年代は一般的な人生のイベントが多い時期でもあります。学校を卒業する、異性と初めて親密な関係になる、就職をする……といった、多くの人が経験するような人生の節目を通過していないと感じ、自分に自信を持てなくなったり、まわりの人にうまく話しかけることができなくなったり、といった問題につながる可能性もあります。
こうした問題は一般に病気の症状とはみなされにくいものですが、病気が生み出した深刻な問題であることには変わりません。患者さんが再び元の生活レベルに戻るためには、こうした問題にも場合によっては対処が必要になってきます。その役割を担うのが、いわゆる心理社会的治療法(psychosocial treatment)です。上記のケースのように、まわりの人とうまく話ができないような状態になっていれば、コミュニケーション能力を充分伸ばすために、その訓練プログラムに入ることも望ましくなってきます。
また、心の病気から回復するとは何を意味するかは、患者さんそれぞれの状況や環境に応じても違ってきます。病気の発症前のように毎日仕事に打ち込めることが、その人にとっての「回復」になることもあれば、これからの人生を頑張る目標を見出した時が「回復」になることもあると思います。いずれにしても「完治」とはいかなる状態かは、患者さん自身が決めるべき面があります。
以上、今回は心の病気から回復していく道筋とその多様性について解説しました。なかでも特に、心の病気からの回復とは単に精神症状の緩和だけでなく、その病気が引き起こした多様な問題からの回復を意味することは、ぜひ頭に置いておいていただきたいと思います。