羽生善治が人工知能の最前線に迫る

羽生はやる気だ。
たぶん間違いない。

NHKスペシャル『天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る』は、羽生の宣戦布告番組だったのだ。
 
番組が放送されたのは、2016年5月15日(再放送は5月18日)。2016年3月、グーグルの開発した囲碁の人工知能が世界最強と言われる韓国人の棋士を圧倒し、世界に衝撃が走ったのも記憶に新しい。囲碁は人類が発明した最も複雑なゲームだと言われ、人工知能が人間を凌駕するのはまだ10年はかかると言われる中での出来事だった。そうしたニュースもあり、関心の高まる人工知能技術の「今」にメスを入れたのが今回のスペシャル番組だ。

ナビゲーターに選ばれたのは、われらが羽生善治。羽生は長く将棋界のトップに君臨する人物であり、人工知能との対決を期待する声も多い。番組の中で彼は「囲碁の人工知能を開発したイギリスの天才研究者」や「人工知能に感情を持たせる研究を続ける日本企業」など、人工知能開発の最前線を取材し人工知能が人間に何をもたらすのかを探っていく。

ほのぼのとした「マシンVS人類」

人工知能が人間を越え、人類にとって驚異になるやもしれぬ。そんなことは、うすうす、多くの人間が感じているはずだ。だから、映画『マトリックス』は大ヒットした。

正太郎君に操られる鉄人28号/ガイド画

正太郎君に操られる鉄人28号/ガイド画

知能に限らず、そもそも「マシンVS人類」は、かなり以前からの魅力的なテーマだったし、「へたをすりゃあ、やばいよね人類」っていう雰囲気はあった。石ノ森章太郎の『人造人間キカイダー』もそうだった。横山光輝の『鉄人28号』は「良いも悪いもリモコン次第」だった。その共通認識があったからこそ、実況の天才・古舘伊知郎はプロレスマネージャーの若松市政を「悪の正太郎君」と呼んだ(若松は配下のレスラーを操る怪しげなマネージャー、正太郎君は鉄人を動かす少年です)。

 

でも、深刻じゃなかった。悪の正太郎君は、必ず、正義の正太郎君が成敗してくれる、これまた共通認識だった。女子レスラーの「女王」ブル中野はブルドーザーよりパワーはないし、「極悪同盟」ダンプ松本はダンプと衝突したくないにきまってる。それで良い。人類が勝てぬパワーマシンの出現は、人類の知性の勝利そのものだった。

人類を越える人工知能

でも、現代テクノロジーは、それに待ったをかけた。悪の正太郎君が人工知能だったら、どうするんだよ、勝てるのか正義の正太郎って。人類は自らの手で、問題を深刻化させたのだ。

ああ、KANに尋ねたい。「必ず最後に愛は勝つ」は本当なのですか。その愛って言う感情だって人工知能に、してやられるかもしれないんだぞ。実際に、そんな危うさが漂うシーンも、この番組には出てきた。

対局中の羽生/大分県にて

対局中の羽生/大分県にて

羽生は、その最先端研究を取材する。海外に足を運び、天才プログラマー、デミス・ハサビスなどの研究者に話を聞く。時にはチェスや花札に興じもした。にこやかに、それでいて、鋭い質問、疑問をぶつける。羽生なりの解釈を披露する。感情を持ち始めた人工知能を興味深そうに観察する。人工知能は人類にとって天使か悪魔かというテーマ。

あえて疑問を呈したい。羽生は本当に、興味があったのか? いや、もちろんあっただろう。彼のインテリジェンスを考えれば、当然だ。だが、それを越えた興味が羽生にはあったはずだ。

 

番組のオープニング、羽生は質問される。

「人工知能は人類にとって驚異になると思いますか?」

羽生は、あの独特の、気のないような返答を見せる。

「ああ……、そうですねえ……(略)。」

記事冒頭を繰り返したい。羽生は、やる気だ。この気のなさにこそ、彼の本性が隠れている。

羽生は猛獣である

前・日本将棋連盟会長の(故)米長邦雄(過去記事)は、こう語った。

「羽生をコンピューターと対局させたいなら7億円以上用意してほしい。」

羽生が負うリスクや対局のための準備を考えれば、この金額も頷ける。一方で、これは羽生を、いや将棋を守るための米長の策だとも言われた。この高額な対局料ならば、羽生とコンピューターが対戦することはない。対戦しなければ、まさかの敗北もない。だが、米長発言の真意がどこにあるにしても、忘れてはいけないことがある。

盤前に座した羽生は猛獣(過去記事)なのだ。ぎらぎらと獲物を探し求める猛獣なのである。獲物とは何か? 金銭でも名誉でもない。ただ、ひたすらに「強い」相手だ。チェス、囲碁と世界チャンピオンを撃破してきた人工知能。舌なめずりをしないはずがない。人類にとって驚異かどうか、これは最高の関心ではない。しかし、獲物としては、最高ではないか。7億など関係ない。羽生は戦う。

人工知能/イメージ

人工知能/イメージ

だから、彼は番組ナビゲーターを引き受けた。番組は宣戦布告であり前哨戦だ。羽生は人工知能の生みの親に出会い、話すことで敵を知る。一方、あえて人間的な言葉を使えば、人工知能は羽生に出会い、きっとだまされた。盤から離れた羽生の笑顔にひっかかった。もちろん、羽生がそう望んだわけではない。だが、いずれにせよ、人工知能は羽生には勝てない。ガイドはそう確信している。
なぜか?

理由は簡単である。彼らは人間を目指し、人間を超えようと進化し続けてきたからだ。将棋に特化すれば、タイトルホルダーのプロ棋士に勝利すること。もっと踏み込めば、対局という、きわめて知性的な場で羽生を圧倒すること。だが、いや、だから彼らは理解できない。

なぜ、羽生が敵失に「ため息」をつくのか。自身の圧勝に、なぜ怒るのか。わざわざ相手の術中にはまろうとするのか。小学生を相手にさえ「羽生にらみ」をしてしまう必然性はあるのか。天才集団のプロ棋士をして「羽生の顔を見ないようにして指す」と言わしめるオーラは何なのか。彼らの50cm先に座るであろう羽生は、知性の「人」ではない。野生の「獣」なのである。彼らが出会った、普段の羽生からは想像もできない「牙」。彼らが進化してきたベクトルと、まったく反対向きに君臨する制御不能な「性(さが)」。

 

番組タイトルにある「天使か悪魔か」は人工知能だけが対象なのではない。人工知能の側から見れば、羽生こそが、天使か悪魔かという存在になるのである。愛はどうだか知らないが、最後に羽生は勝つ。羽生が勝利した後、これから先、いかに進化した人工知能が出現しようとも心配はいらない。もし悪の正太郎君となり、人類を支配しようとしたならば、キーボードを叩けばよいのだ。

Stop! If not, I will call Habu.
(やめろ、じゃないと羽生を呼ぶぞ)

即座に、彼らは手に入れた感情をあらわにするだろう。

Anything but that! Toryo!
(それだけは、ご勘弁。投了します~)

人類の勝利である。

羽生はやる気だ

普段の羽生善治/大分県にて

普段の羽生善治/大分県にて

盤を離れた羽生は洞察力鋭い人間である。だから、このNHKからオファーが来た時点で、簡単にわかったはずだ。引き受ければ、自身と人工知能の戦いに期待する世間という導火線に火がつくことを。チェスが負けた、囲碁が敗れた。ならば、次は将棋でしょう羽生さん。その声を聞かぬ羽生ではない。何もかも承知で受けた。そして、自身の「野生」という導火線にも火をつけたのだ。

羽生はやる気だ。

【関連記事】
羽生善治の将棋は何が凄いのか?
人工知能との闘い-第1章/霊長というステイタス


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<追記>

この記事を公開した5日後。つまり2016年5月22日、コンピューター将棋ソフトとプロ棋士が戦う「電王戦」を主催する株式会社ドワンゴが次のように発表した。

「電王戦」への出場者を決める第2期「叡王戦」に羽生善治四冠が出場します。

やはり、羽生はやる気だったのだ。

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