『ノートルダムの鐘』海外版ロゴ(C)Disney

『ノートルダムの鐘』海外版ロゴ(C)Disney


96年の映画『ノートルダムの鐘』と言えば、ヴィクトル・ユゴーの名作『ノートル・ダム・ド・パリ』をディズニーらしいハッピーエンドにアレンジ、アラン・メンケンによる美しい音楽もあいまって世界的ヒットとなった作品です。日本版吹き替えは劇団四季(カジモド=石丸幹二さん、エスメラルダ=保坂知寿さんら)が担当したことでも話題を呼びましたが、それから実に20年。ディズニーが舞台事業を始めてからもなかなか実現しなかった本作の舞台版が14年に米国カリフォルニア州サンディエゴで初演、ついに今年、劇団四季がその日本版に乗り出すこととなりました。

16年12月の開幕を目指し、4月18,19日に行われたのが、メインキャストとアンサンブルのオーディションです。書類応募総数1600通の中から書類審査、予選を通過し、本選に臨んだのはメインキャスト5役38名、アンサンブル47名、クワイヤ(聖歌隊)48名。今回はメインキャストのうち、主役男女カジモドとエスメラルダの本選(18日午後)がマスコミに公開されました。

開始前のオーディション会場に入ると、ちょうどエスメラルダ役本選に臨む6名(岡村美南さん、三平果歩さん、平田愛咲さん、松山育恵さん、宮田愛さん、吉田絢香さん)が課題曲をさらっているところでした。フィギュアスケートの“6分間練習”のように、ピアノ伴奏に合わせ、自身の発声を最終確認する彼女たち。重なり合う声は美しくも、それぞれに情感を込める箇所が微妙に異なり、一人一人の工夫の跡がうかがえます。練習は数分で終わり彼女たちは退出、予告された時間ぴったりに審査員団(演出・スコット・シュワルツ、音楽スーパーバイザー・マイケル・コザリン、プロダクションスーパーバイザー・クリフォード・シュワルツ)が現れ、再び先ほどの6名が呼び入れられました。
 

自立し、積極的であるいっぽうで純粋さを覆い隠したエスメラルダ役

『ノートルダムの鐘』オーディションより。撮影:阿部章仁

『ノートルダムの鐘』オーディションより。撮影:阿部章仁


審査員席の前に並んだ彼女たちを前に、スコットが挨拶し、エスメラルダという役の概要を説明。「今回、皆さんにお会いできることにわくわくしていました。エスメラルダという女性は自分の面倒は自分で見てきた人で、非常に積極的でオープン。15世紀末という時代を考えると女性らしいというよりも男性のような人物です。そして純粋な部分を覆い隠しているのです。何か質問はありますか?」審査員席後方の2階部分からの取材のためスコットの表情は見えませんが、熱心に語りながらも、笑顔は絶やさなかったのでしょう。会場には過度な緊張感が張り詰めることはなく、受験者たちは存分に実力を発揮できそうです。

早速、審査開始。エスメラルダ役の課題は歌が2曲(「God Help The Outcasts」「Rhythm Of The Tambourine」)と台詞が3シーン。一人10分ほど、じっくりと歌唱力、演技力が披露されます。「God Help~」はアニメ版でノートルダム寺院内部を歩きながらエスメラルダが歌っていた曲。自分は大丈夫、でも周りにいる不幸な人々を助けてほしい、“人は誰でも神の子”と、社会の不公平を見てきた彼女が神に訴えかけるナンバーです。ゆったりとして心地よい曲調ではありますがそれに流されず、エスメラルダの強さ、正義感、純粋さを表現し、最後に高音に辿り着かなくてはならず、歌い手の表現力が試されそう。もう一つの「Rhythm~」は舞台版のための新曲で、おそらく序盤、広場に集まる人々の前で歌うナンバーなのでしょう。“みんな傍に来て、刻めリズム、タンバリン”とパワフルに声を出し、人々、とりわけ男たちを魅了する内容で、ジプシーの踊り子である彼女の日常が集約されています。瞬間的に大勢の目をくぎ付けにするようなパワーと色気が求められそう。

台詞の課題シーン一つ目は、フィーバスとの出会い。祭りで騒ぎを起こしたエスメラルダの逮捕を命じられたが、彼女の気骨あるふるまいに興味を持っていた警備隊長フィーバスに話しかけられ、男性であり権力の側にある彼に対して対等に話す彼女の強さと機智があらわれるシーンです。二つ目はカジモドとの出会い。自分がきっかけで悲惨な目に遭ってしまったカジモドに詫び、彼の言葉を引き出す中で、彼女の飾らない優しさが垣間見えます。そして3つ目は本作のクライマックス。フィーバスとの対話の中で、エスメラルダが徐々にある思いを固めてゆくシーンです。ネタバレになってしまうため詳述はしませんが、作者の時代を超えた人類に対するメッセージもエスメラルダの台詞に含まれ、担うものが非常に大きな役であることがうかがえます。

審査は一人ずつ入場、歌と台詞を披露し、退出するという流れ。受験者は全員、大作ミュージカルの経験があり、歌にも台詞にも凛とした芯が。エスメラルダという役柄は既に掴んでいる模様です。“Hi, I’m ~”と名乗った後に“I’m nervous.(緊張しています)”と続け、場を和ませていた方もいましたが、この方、歌唱ではびーんと高音を響かせていて、こういう形で自分もリラックスし、実力を発揮するというのもアリなのかも。一曲、一シーン終わるごとにスコットは「Very Good」と声をかけますが、終始声量豊かな方には「あなたはとてもいい声ですね。でもはじめは囁くように、神に対して遠慮がちに歌うことはできますか?」ともう一度歌わせるなど、一人一人の可能性を見極めていることがうかがえます。台詞審査ではこの日、田邊真也さんが相手役を担当。実際よりも若干抑え目ながらも、フィーバスやカジモドの雰囲気を確実に醸し出した台詞を聞かせていて、受験者たちの迫真の演技を引き出していました。

そんな中でスコットを含め、おそらくその場にいた誰もが釘づけになったエスメラルダが。歌唱においても低音を野性的・男性的に強調し、美しく響かせがちな高音のクライマックスも強く置くといった工夫が光っていましたが、台詞審査に入ると一言喋る度にエスメラルダの孤高さ、精神の自由、愛情深さが溢れ、引き込まれずにはいられません。3つ目のクライマックスシーンでは、思わずここがオーディションの場であることを忘れさせるような感動に場内が包まれました。終了後、スコットは隣席の音楽スーパーバイザー、マイケルとすぐに頷き合い、即決の雰囲気。改めて、高度な歌唱力を求められるオーディションであっても、決めては演技力以外の何物でもない、と痛感させられます。エスメラルダ審査は予定より5分早く終了し、5分の休憩後、カジモド役審査へ。 
 

歌唱力、演技力に加えて“高度な身体表現力”を求められるカジモド役

『ノートルダムの鐘』オーディションより。撮影:阿部章仁

『ノートルダムの鐘』オーディションより。外部からの参加者の中には四季ファンとしては懐かしいお顔も。撮影:阿部章仁


カジモド役審査本選に臨んだのは劇団員7名(飯田達郎さん、飯田洋輔さん、笠松哲朗さん、神永東吾さん、厂原時也さん、鈴本務さん、田中彰孝さん)、外部3名(一和洋輔さん、海宝直人さん、李涛さん)の合計10名。全員が会場に招き入れられると、スコットさんはエスメラルダ役の時よりも若干詳しく説明をします。

「カジモドはチャレンジングな(挑戦しがいのある)役で、様々な側面があります。まずは肉体的に他と違って、障害を持つ人間です。しかしその一方ではパワーを持つ人間でもある。その二面性を表現するというのが一つ。今回の演出では、カジモドは特殊メイクを施しません。彼の身体的特徴は俳優が演技で表現しますので、皆さん、それぞれに身体表現を試してください。とはいえ、一度にいろいろなことをするのも大変ですので、ヒップを落とす、足を左右不揃いに動かす、どちらかの肘を後ろに引くなど、通常にはない動きやポーズを二つ三つ考えて行ってください。また彼には発語に関しても障害があり、ガーゴイルとの会話や歌においては軽減されます。幼いころから耳も聴こえにくくなっています。ただ、それらの表現についてこうあるべきというものはなく、自分ならどう表現するか、というところを見せてください」。

取材する側としては今回のカジモド役がアニメ版よりさらにシリアスな障害を負った造形であることが分り、興味深い説明でしたが、受験者からすれば身体表現に対する期待値の高さがうかがえ、おおいなるプレッシャーとなったのでは。いったん退場する彼らの表情は心なしか(?)、ひきつっているようにも見受けられます。

カジモドの課題は歌が「Out There」と「Made Of Stone」、そしてシーンが3つ。「Out~」は寺院の塔の中で生きてきたカジモドが外の世界への憧れを歌う、おそらく本作で最も有名なナンバー。陰から陽へとダイナミックに転じるメロディが美しく、ミュージカル俳優の中でもソロコンサートでこの曲を選ぶ方がたくさんいらっしゃるほど、人気があります。「Made~」は舞台版のオリジナル曲で、ガーゴイルに慰められたらしいカジモドが“石になれたら、何も感じなくなれたらどんなにいいか”と自身の苦しみを吐き出すダークなナンバー。その苦しみがとんでもない高音(3か所ほど)によって表現される難曲です。

シーンの一つ目は鐘やガーゴイルたちと会話していたカジモドが育ての親で(実は仇でもある)フロローの不意の訪問で慌てるシーン。それまで滑らかに喋っていたのが、フロローの登場でどう変化をするか、がポイントのようです。二つ目はさきほどエスメラルダの審査でも登場した、エスメラルダとカジモドの初めての対話シーン。おそらく初めて女性に話しかけられ、少しずつ彼女に心を開く過程を、彼のコンプレックスと純粋さを含めて表現します。そして3つ目は本作のラストシーン。衝撃的な内容のため詳述は控えますが、初見の方は必ずや、激しく心揺さぶられることでしょう。カジモドと某人物ががっぷり四つに組んだ演技を見せます。一人目の審査が終わったところで、スコットさんがこのシーンは少々長いからということでカット。続く9人はさきほどの2シーンのみの審査となりました。

歌審査では1曲目、2曲目とも大曲ということで、曲間に水を飲んだり、軽くジャンプをしたり腕を振って間をとる受験者がほとんど。後ろから見ていると歌の途中、高音ポイントが過ぎるたびにマイケルさんはメモをとっていて、高音をどう出したか、は重要なチェックポイントであることがうかがえます。さきほどのスコットさんの説明を受け、背中を丸める、右の肘を引くなどカジモドらしい身体表現を工夫している方がいらっしゃるいっぽうで、若手の中には緊張のあまり(?)完全にそれを忘れているらしい方も。そんな方にはスコットさんが立ち上がり、「こういうことはできますか?」と具体的な動きをつけて次のシーンを行わせ、ここでも受験者の“可能性”を第一に見ようとしているらしいことがうかがえます。

エスメラルダの審査に比べると、カジモド審査に臨んだ10名はフレッシュな若手から劇団の看板俳優的な立ち位置の方まで個性豊かで、おそらく世代的にも様々。カジモドの背負うものを表現するという意味ではやはりベテランに分があり、いっぽうカジモドが20歳くらいの設定であれば、若さでぶつかってくる若手が圧倒的に有利に見えます。いったいどんな人材が選ばれるのだろう、と思いながら見ていると、スコットさんは一人の受験者に対して具体的な指示を付け始めました。こういうポーズで、台詞は口の半分からしか出てこないというふうに喋るというのはできるか?という指示に、誇張した動きでくらいつく彼。この方は身体表現が求められる役であることを認識した服装で臨んでいて、全身から気合が感じられます。何かを求められた時に、応えることができるか。どんな姿勢で応えるか。それが今回の審査ポイントの一つなのだとうかがえる瞬間です。

個人的には、ポーズを工夫するだけでなく、歌唱の際に一語一語に説得力を持たせ、カジモドの悲しみを懸命に表現されていた方に胸を打たれました。歌唱力の高さがもはや“前提”である場では、歌詞をどう膨らませて聴かせるか、そこで大きな差がつくように感じられます。この方はいわゆる“ボーカリスト”ですが、メロディを聴かせたその先にあるものを追究している様子。ぜひ彼のカジモドを観てみたいけれど、先ほどの審査では追加課題などはなかったなあ…と思っていると、全員の審査が終了した後、スコットさんが関係者に「この人とこの人とこの人、追加でこれをやって見せてほしいのだけど」と声をかけ、その中に彼の番号があるのが聞こえました。マスコミ公開時間はここで終了。席を立ちながら、追加審査に呼ばれた方々の健闘を祈らずにはいられませんでした。
 

ファミリー向けではなく“大人向け”の『ノートルダムの鐘』へ

スコット・シュワルツさん。74年NY生まれ、ニューヨーク州ベイストリート劇場芸術監督。00年にジョン・ケアードと『Jane Eyre』を共同演出。

スコット・シュワルツさん。74年NY生まれ、ニューヨーク州ベイストリート劇場芸術監督。00年にジョン・ケアードと『Jane Eyre』を共同演出。


さて取材陣はここで別室に移動し、おそらくはその追加審査を経て、スコットさんが登場。あまり情報がなく、ややヴェールに包まれている感のある本作について、いろいろと語ってくれました。

スコット「(父・スティーブン・シュワルツが本作の作詞を担当していたため)映画版が制作されている時からその様子を観てきましたが、舞台版に関わることになったのは14年のラ・ホイヤ劇場での初演の5年前。私は原作であるヴィクトル・ユゴーの『ノートルダム・ド・パリ』のrich(豊か)でmature(成熟している)な点が好きで、ディズニー・シアトリカル社長のトーマス・シューマーカーと話していた時、以下のようなコンセプトで舞台化をしてはどうだろうと提案したのです。

一つは、『ノートルダムの鐘』は何度も舞台化が企画されて(は流れて)来ましたが、何度も話が出てきたのはとりもなおさず、アラン・メンケンの美しい音楽ゆえ。このスコアを最大限に生かした「音楽のショーケース」にしたい。また、一般的なミュージカルではキャラクターの造形は比較的シンプルだけれど、今回はユゴーが書いたとおりのダークな小説に忠実に、襞のある人物造形を試みたい。また、個人と社会が他者に対してどう関係を持つか、あるいは恐れや不安を抱くか、また愛がいかに“救い”にも“破壊”にもなるかといったことを描きたい。そのため必然的に“大人向けのミュージカル”、それも典型的ミュージカルの内容からはほど遠いものになるが、と話したところ受け入れられ、演出にとりかかりました」

――エスメラルダ、カジモド、フロローについてはどんな俳優を求めていますか?

スコット「エスメラルダはまず、ビッグナンバーを歌うので美声の持ち主であること。同時に一度にいろいろな側面を演じられる人であることが求められます。彼女はとても純粋な精神を持ち、人生に対する敬意を抱いているが、ストリート・ライフを送ってきたのでタフな人間でもある。女性性を通して自分を防御してきた部分もあります。また自分を顧みず他者を守る。ビッグ・ダンスナンバーもあるのでダンス力も必要ですし、皆が一目ぼれする役柄ですので美貌も要求される。本日はそういう人材がいたかって? いましたよ、誰かとはまだ言えませんが(笑)。

カジモドは肉体的な要求度の高い役です。舞台上でシンプルにメイクを施し、麻袋のようなものを背負うだけなので、自分の身体で(障害を)表現しなければならないのです。感情の葛藤もあり、小さいころから塔の中に閉じ込められ、関わってきた人間はフロローだけなので子供のように未熟であるいっぽう、大人としての欲求もある。怒りも持ち合わせ、光と影の両面を表現できることが重要です。作品の中心に存在し、観客が一緒に心を寄り添わせ、一緒に歩みたいと思える人物を求めます。

フロローは魅力的な“病んだ男”です。彼なりに善行を積もうとしているが、うまくいかず鬱積している。カジモドの面倒を見ようとするがうまくコントロールできず、またエスメラルダを愛することで彼が考える“善”の中に彼自身がはまらなくなり、そのことを受け入れられない。そのテンションの高さゆえに、彼は破滅してしまうのです。いわゆるディズニーらしい悪役ではなく、一人の人間。かなり原作に基づいていると言えるでしょう」

――ディズニーらしい要素はありますか?

スコット「もちろん、たくさんあります。ガーゴイルのナンバー以外のアニメ版の曲は全て使っています。大人向けのミュージカルということで、歌って踊るガーゴイルは出てこないのです。教会の精霊とカジモドの会話は登場しますが、それはアンサンブルたち全員との会話であって、“ガーゴイル3人組”ではないのです。原作小説に“声が帰ってきて……”という描写があるので、それをヒントに、今回は舞台上にクワイヤ(聖歌隊)がおり、ほぼ全篇にわたって歌っています。非常に壮大な舞台を想像していてください」

――今回、本作のテーマをどう据えていますか?(質問・松島まり乃)

スコット「人間性と、登場人物の関係性を中心に据えました。私は古代演劇や中世の秘跡劇のテクニックに感銘を受けており、今回はもちろんマイクや照明といった現代的要素も用いていますが、なるべく“人間発信”の演劇にしたかった。ノートルダム寺院にも実際に行って研究し、キャストが群衆として儀式を行うような環境で寺院の中にあるようなものを動かしながら物語を進めるようにしました。ステンドグラスや鐘、祈祷の際に膝をつく台などです。究極的に目指したのは、観客と物語の距離を縮めること。お客様には、群衆の一人として物語を体感してほしい。そのためにモノをなるべくなくし、キャラクターたちに集中してもらおうと思いました。親密なストーリーを壮大なスケールで観てほしい。台詞のほとんどは、原作小説と同じものです。それらの言葉によって語られた物語を体験することによって、私たちはどのように変わるだろうか。そこがこの舞台の中心にあるものです」

 

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。