ミュージカル/注目のミュージカルレビュー・開幕レポート

『ノートルダムの鐘』完全レポート 軌跡&最新情報(2ページ目)

*名古屋公演レポートを追記しました*2016年12月に開幕した劇団四季のヒューマン・ミュージカルの傑作『ノートルダムの鐘』。本記事ではオーディションから開幕までのレポートに加え、最新情報も随時追記。観劇前の予習に、観劇後の作品理解にと、じっくりお楽しみください!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

『ノートルダムの鐘』TOPICS
脚本家ピーター・パーネルに訊く
「舞台版『ノートルダムの鐘』に“聖アフロディージアス”を登場させた理由」

(物語のディテールに触れていますので、未見の方はご注意ください)
『ノートルダムの鐘』撮影:上原タカシ (C)Disney

『ノートルダムの鐘』撮影:上原タカシ (C)Disney


アニメ版『ノートルダムの鐘』を観た、あるいはユゴーの原作小説『ノートルダム・ド・パリ』を読んだ方の中で、舞台版を鑑賞し、“聖アフロディージアス”という人物が気になった方は多いのではないでしょうか。

1幕ではフロローがカジモドに対し、キリスト教説話の一つとして、エジプトに逃避する聖家族を匿い、異教徒たちに首をはねられた聖アフロディージアスの物語を語ります。そして2幕冒頭、実際にこの聖人が登場。(古代の聖人がタイムスリップしてくるというわけではなく、カジモドが自らの心の声であるガーゴイルたちと語らうなかで、ガーゴイルの一人がアフロディージアスに扮する、という設定。)エスメラルダが窮地に陥ったことを知ったカジモドに対して、行動を促し、鼓舞するのです。

大聖堂を舞台とした作品世界に、自己犠牲の象徴的に聖人キャラクターが登場することには何ら違和感はありませんし、冒頭での彼への言及が後のカジモドの行動(フロローにとっては皮肉な“裏切り”行為)の伏線となる趣向も、物語の“仕掛け”として効果的です。それでは何が“気になる”のかというと、この“聖アフロディージアス”という人物、実はアニメ版はおろか、原作小説にも出てこないキャラクターなのです。キリスト教世界においてあまたの聖人が存在するなかで、いったいなぜ、舞台化にあたって彼が選ばれ、登場しているのでしょうか?

初見時以来、この点がどうにも気になった筆者はまず、知人の英国人宣教師に意見を求めましたが、驚いたことにその返答は「“聖アフロディージアス”という人物を、私はよく知らない」というものでした。一概にキリスト教と言っても、彼女は“聖書のみ”をよりどころとするプロテスタントであり、カソリックの人々が信じる“奇蹟伝説”には詳しくなく、そのため聖アフロディージアスと言われてもピンとこない、というのです。(聖アフロディージアスは史実においては3世紀に、フランスで司祭になったエジプト人で、中世後期になって“(1世紀の人々である)聖家族を匿い、首をはねられ、その首を自ら抱いて通りを歩いた”という“奇蹟伝説”が生まれました。)

いくら宗派が異なり、“奇蹟伝説には詳しくない”とはいえ、同じキリスト教世界に属する宣教師さえ知らないとなると、聖アフロディージアスはよほどの、“マイナー”な人物。そんな彼が敢えて登場するのには、何か特別な意味があるのでは。この謎が解けずして舞台版『ノートルダムの鐘』を理解できたとは言えないのでは……という思いから、先日、本作の脚本家、ピーター・パーネル氏に手紙をしたためたところ、以下のような返信(原文は英語)をいただきました。(こちらからの質問の要旨は「舞台版では、カジモドに行動を促す存在として聖アフロディージアスが登場しますが、彼はアニメ版にも、原作小説にも言及されていない人物です。なぜ、彼を選んだのですか?」というものです。)

「松島さん、素敵なお手紙を有難う。非常に興味深い質問をしてくださいましたね!

おそらくご存知の通り、この新版『ノートルダムの鐘』において、ガーゴイルたちは、アニメ版よりも“語り部”的に、またあなたが推測されるように、カジモドの心の声のあらわれとして、コーラスの役割を担います。そして、そうです、彼らは2幕冒頭でカジモドに対し、立ち上がり、エスメラルダを見つけるのを助け、救い、匿う(かくまう)よう駆り立てる存在として存在するのです。

スティーブン・シュワルツ、アラン・メンケンと私は物語のこの部分を検討するうち、ノートルダム大聖堂の彫像になっている聖人の中から、特定の人物を登場させたら面白いのでは、と思いつきました。そこで、僕らが理解するところでは地元フランスにおいて、ベジエ(フランスの地方都市)の初代司祭で、聖家族のエジプトへの逃避行の際に彼らを匿ったとして伝統的に崇められてきた聖アフロディージアスを選びました。そのような人物なら、カジモドがエスメラルダの救い主として、ある意味、自分を関連付けるのにぴったりではないか、と思えたのです。舞台の冒頭では、カジモドにフロローがキリスト教物語を教えることになっているので、二人の最初のシーンで聖アフロディージアスの物語をスタートさせ、2幕でこの伝説を大きく花開かせるのが適切だろう、とも思われました。

聖アフロディージアスはノートルダムで描かれている「首なし」聖人の一人であり、そのことは私たちに(演劇的な)遊び(注・身体表現における工夫)の機会を与えてもくれました。

ご質問にお答えできたでしょうか。『ノートルダムの鐘』に多大な関心を抱いて下さり、有難うございます!

ピーター・パーネル」

まとめると、
*ノートルダム大聖堂の彫像になっている聖人である
*(物語の)地元フランスで崇められている
*「匿う」という行為において、カジモドが自身を重ね合わせることができる。そのモチーフが2幕に生きてくる


といった理由から聖アフロディージアスが選ばれ、結果的に(首なし聖人という特徴から)演劇的な工夫も加えることができた、というのです。歴史上の人物が多数言及されている原作小説ではなく、実際の大聖堂の彫像群からインスピレーションを得た、というのも面白いのですが、このアイディアが、舞台版から新たに加わり、ユニークなアプローチで演出を手掛けたスコット・シュワルツではなく、パーネル氏ら3人の、アニメ版からの続投クリエイターたちによるものだったというのは少々、意外でした。一度は“完成”させ、愛着もひとしおであるだろう形にとらわれず、作品を新たに生まれ変わらせるべく、積極的に新たなアイディアを盛り込む。この柔軟性こそが彼らを長年、クリエイターとして成功に導いてきたのかもしれません。

実は今回、パーネル氏からの返信は、欧米との仕事上のやりとりにおいては未曽有の速さで届き、そのスピードからも、作者の『ノートルダムの鐘』に対する愛情の深さがうかがえたのでした。ノートルダム大聖堂の首なし聖人と言えば聖ドニが有名ですが、もう一人、重要な首なし聖人がいたとは。今度パリを訪れる機会があれば、ぜひぐるり一周しつつ、聖アフロディージアスを探してみたいものです。
(2017年3月追記)

 

作曲家アラン・メンケン 合同インタビュー
「『ノートルダムの鐘』によって
“ディズニー・ミュージカル”の新たな系譜が誕生した」

アラン・メンケンundefined『美女と野獣』『リトルマーメイド』『天使にラブソングを』『ヘラクレス』他多数の舞台・映像作品を手掛け、アカデミー賞、トニー賞など受賞多数。(C)Marino Matsushima

アラン・メンケン 『美女と野獣』『リトルマーメイド』『天使にラブソングを』『ヘラクレス』他多数の舞台・映像作品を手掛け、アカデミー賞、トニー賞など受賞多数。(C)Marino Matsushima

16年12月、日本版の開幕にあわせて来日したアラン・メンケン。前日にプレビューを観たという彼は「心から(日本版の舞台を)気に入った。他言語で舞台を観るときには言葉ではなくエモーショナル・ランゲージ(感情という言語)で観るが、その点、この舞台はとても良かったし、日本人(の民族性)にも合っている作品ではないかと思った。キャストも情熱的だったねえ」とほくほく顔。劇団四季とは『美女と野獣』からの長いお付き合いということもあり、いたってリラックス、和やかな表情で語ってくれました。(読みやすいよう、話の流れや質問の順番など、若干編集しています)

――アニメ版から舞台版へと立ち上げるにあたり、どのような過程があったかお教えください。

メンケン(以下同)「この『ノートルダムの鐘』舞台版は、実はこれまでかかわったどの作品よりも紆余曲折があったミュージカルです。本作は大人数の聖歌隊と大編成のオーケストラを使っていますが、90年代にドイツ・ベルリンで舞台化した際には、より小さな規模での上演でした。その後TVミュージカル版を作ろうという話になり、準備はしたものの実現には至らず。ただ、ベルリン版とこの時の試行錯誤が今回の舞台版に繋がっているのです。

例えば1幕でフィーバスが歌う「息抜き」やカジモド、エスメラルダが歌う「世界の頂上で」は、ベルリン版のために書き足したナンバー。後者は優しい曲で、これが歌われるシーンは私のお気に入りです。

アニメ版に無い新曲としては、ジプシー(ロマ)音楽のメロディを取り入れた「酒場の歌」や3人の男たちがエスメラルダを思って歌う1幕終わりの「エスメラルダ」、そして2幕でカジモドが自身の内面の声であるガーゴイルを拒否する「石になろう」などがありますね。「奇跡御殿」は新曲のように聞えるかもしれませんが、実際にはアニメ版のために書き、録音もしておきながら採用されなかった曲。復活して採用され、とても嬉しく思っています。また、反対にアニメ版でガーゴイルたちがコミックリリーフとしてモーリス・シュバリエ風に歌った「A Guy Like You」はカット。音楽的には鐘の音をアクセントとして、教会音楽、ジプシー音楽、クラシックと多様なジャンルを取り入れるのが挑戦でした。今までかかわったミュージカルの中で最も野心的な作品ですが、今の形に満足しているし、とても誇りに思っています」

――1幕にフロローが歌う「地獄の炎」というナンバーがありますが、アニメ版と舞台版ではどのようにイメージして作曲されましたか?

「私はビジュアル・アーティストではないので、アニメ版の作曲時には自分なりのイメージで曲を書き、そこからアニメーターたちが絵を起こしていました。思い描いていたのは、フロローは深く宗教的だが、同時に己の欲望と格闘中の人間であるということ。神への“祈り”から“煩悶”へと移り変わるさまを曲の中で表現したつもりです。そうそう、この曲を聴いて作詞のスティーブン・シュワルツは、オペラ『トスカ』のアリアのようだと感じたそうです。パワフルで、極めて不安を喚起する曲ですね。ディズニー的には珍しいというか、挑戦的なナンバーです。舞台版にあたって変更した部分はそうありません。

――舞台版はとても感動的でしたが、アニメ版に愛着を持つ方もたくさんいると思います。舞台版ではアニメ版の根幹ともいえる“楽観主義”が失われており、アニメ版が大好きだった子供たち(そして“かつての”子供たち)は、舞台版の内容にショックを受けるかもしれませんが、メンケンさんなら彼らにどんな言葉をかけるでしょうか。(質問・松島)

「この舞台はお子様向けではないでしょうね(笑)。もっとも、アニメ版の公開時ですら、ガーゴイルたちが“怖い”と言われていたけれど(笑)。それはさておき、確かに僕もアニメ版をとても気に入っていました。特にラスト、人々の前に現れたカジモドに女の子が近寄り、ぎゅっと抱きしめる光景が非常に好きですね。ただ、今回は原作小説のメッセージをきちんと伝えよう、というところから出発したので、万一“憎しみ”を伝えるミュージカルに見えてしまったら、僕的には大問題(笑)。他者を受け入れること。カジモドがエスメラルダを救うためにわが身を犠牲にしようとしたこと。そしてマイノリティ(少数派)に対する偏見は間違っている、といったところを感じていただけたらと思います。
アラン・メンケンundefined(C)Marino Matsushima

アラン・メンケン (C)Marino Matsushima


さきほど子供向けではない、と言いましたが、子供たちは実際のところ、大人が思うほど怖がりではありません。以前作曲した『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』は僕の感覚では(植物が人間を食べてしまう)とても怖い話ですが、子供たちは喜んで観ていました。また作品が“欲望についての警告”物語だということも彼らは認識していた。ご家族ごとに、作品を吟味したうえでお子さんに見せるかどうか、お決めになるといいかもしれません。

今回、最初に『ノートルダムの鐘』を舞台化しよう、と言ったのはディズニーのマイケル・アイズナー会長で、僕らクリエイターたちはその情熱的なアイディアのもと集まったのです。ディズニーというブランドについては特有の(ファミリー的な)イメージがある中で、原作に寄せた(=つまり救いのない)『ノートルダムの鐘』を作り上げるのは大きな挑戦でしたが、結果的には通常のディズニー作品とは異なる、新しい系統が誕生したのでは、と思います。アーティスティックでダークだが美しい、舞台版の『ノートルダムの鐘』。それを日本でこれほど熱心に演じて下さり、劇団四季に非常に感謝しています」

――ジプシーのくだりが(シリアなど)難民問題を想起させたりと、本作は“今の時代”に非常にマッチしているような気がします。

「悲しいかな、まさにその通りで、本作は非常にタイムリーな作品となってしまっています。フロローが自分でフィーバスを刺し、エスメラルダに濡れ衣を着せて憎しみを広める場面がありますが、それに似たようなことは今、“フェイク・ニュース”として日常茶飯事。フェイスブックで誰かが偽のニュースを流し、それがあっという間に広まるといったことが起きています。私たち一人一人に、なすべきことがあります。責任あるメッセージを伝えていく。クリエイターも、マスコミも、そして観客も、ね」

――新作のご予定は?

「最近、ブロードウェイで僕が手掛けた『ブロンクス物語』という舞台が開きましたが、なかなか好評だと聞いています。あとはアニメ映画の実写版映画も撮られています。『アラジン』や『リトル・マーメイド』、それに、もともと実写で作られた『魔法にかけられて』の続編です。ほかにもあるのですが、ここでお話してしまうとまずいことになってしまいます(笑)」

*次頁では11月、あざみ野稽古場での公開稽古の模様&出演者・演出家インタビューをレポートします!
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