住宅ローンは下流老人への入り口?
2014年9月のNHKスペシャル「老人漂流社会“老後破産”の現実」は、世の中の人たちが目をそらしていた老後の問題をあぶり出すものでした。その後、「老後貧乏」「下流老人」「老後破綻」などの言葉が跋扈(ばっこ)し、老後の不安を恐怖へと変貌させています。十分な老後資金を準備していても、病気やケガ、介護、子どもや孫への支援など想定外の出来事をきっかけに経済的に行き詰まる可能性はあります。ところが、想定内のことにも老後貧乏に陥る危険性が潜んでいます。
その1つが「定年退職時に住宅ローンの残債がある」こと。住宅ローンを組むとき「退職金で残りを一括返済する予定の人が多いですよ」という甘いささやきに乗り、ローン完済年齢を65~70歳に設定した人たちは、「老後貧乏」予備軍といえます。その理由を、退職金と年金の両面から考えてみましょう。
退職一時金は1000万円から2700万円と大差あり
厚生労働省「平成30年 就労条件総合調査結果の概況」によると、定年退職者(※1)に対して給付される退職金の額(※1)は以下のとおりです。( )内は平成25年の同調査の金額です。- 大学卒 1788万円(1941万円)
- 高校卒(管理・事務・技術系) 1396万円(1673万円)
- 高校卒(現業職) 1155万円(1128万円)
「退職金が1500万円前後! うそでしょう」と言いたいところですが、これで驚いてはいけません。定年退職金の額が1000万円程度という調査結果があります。それは東京都内の常用雇用者300人未満の企業を対象とした「平成30年中小企業の賃金・退職金事情の調査」(東京都産業労働局)です。
○退職一時金のみの企業
- 大学卒 1038万円(1016万円)
- 高校卒 1025万円(1042万円)
- 大学卒 1690万円(1397万円)
- 高校卒 1502万円(1218万円)
一方で「定年退職金2000万円以上」も存在します。
○中央労働委員会「令和元年賃金事情等総合調査」
- 大学卒(総合職) 2511万円(2695万円)
- 高校卒(総合職) 2379万円(2478万円)
○日本経済団体連合会と東京経営者協会会員企業「2018年9月度 退職金・年金に関する実態調査結果」
- 大学卒 2256万円(2374万円)
- 高校卒 2038万円(2048万円)
このように退職金の額は企業規模や学歴、退職金制度、職種などで差があります。金額も減少傾向にあります。
将来の退職金額は予測が難しく、頼りにしづらい
退職金の算出方式は「退職時の基本給と勤続年数をベース」が一般的でした。最近は能力成果主義を反映するポイント制、例えば職能ポイント・役職ポイント・人事考課ポイントなど、を採用する企業が増加しており、退職金の算出式は複雑になっています。退職金の額の予測が難しい制度といえば確定拠出年金制度(企業型DC、企業版401k)が挙げられます。企業型DCは、企業が拠出した掛金の運用方法を本人が指示し、退職時に退職一時金や企業年金として受け取る制度です。運用力や退職時の経済状況(例:リーマンショック)などによって退職金の額は変動し、予測していた額の数倍になったり半分以下になったりします。
2003年3月末の導入企業は1522社に過ぎませんでしたが、2020年10月末には24倍の3万7031社になりました。退職金制度の一翼を担う制度になっています。
○企業版401k実施事業主数の推移
- 2003年3月末 1522社
- 2010年3月末 1万2902社
- 2018年1月末 2万9132社
- 2020年2月末 3万5513社
- 2020年10月末 3万7031社
年金だけでは生活費すらまかなえない
厚生労働省「2019年 家計調査」によると、高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の家計収支は年間40万円の赤字。公的年金では支出の80%しか賄えず、金融資産を取り崩しています。さらにこの赤字は、下記の要因でますます拡大するでしょう。
- マクロ経済スライド(後述)の完全実施、「年金額の改定ルールの見直し」(「年金改革法」平成28年12月成立)による年金給付額の減少
- 介護・国民健康保険など社会保険料の負担増
- 医療費や介護サービス利用費の負担割合や負担上限額の引き上げ
- 消費税の引き上げ、など
老後資金の柱の1つである退職金を住宅ローン完済に使うのであれば、現役時代に老後資金の準備を周到にしなければ厳しい老後が待っています。
(※2)所得代替率:受け取る年金額が現役世代の受け取り収入額のどのくらいの割合であるのか示すもの
定年までに住宅ローンを完済しよう
60歳で定年退職し、その後65歳まで働き続けることが一般的になった中で、2020年3月末「70歳までの就業機会の確保を企業の努力義務とする高年齢者雇用安定法などの改正案」が成立しました。2021年4月に適用されます。これにより、70歳まで働き続けることができる土壌ができました。定年後の給与水準は60歳時点の50~70%程度といわれていますが、日本労働組合総連合会(通称「連合」)が行った「高齢者雇用に関する調査2020」(2019年12月)によると、60歳以上の就労者の賃金は、20万~25万円が20%、5万~10万円が20%、15万~20万円が19%でした。この金額では、年金(満額)給付年齢の65歳に達するまでの生活費で手一杯、住宅ローン返済や老後資金の準備に回す余裕はなさそうです。退職金を老後資金にあてるのであれば、住宅ローンは60歳までに完済したいものです。
定年までに住宅ローンを完済する方法は、次の3つが考えられます。
●住宅ローンを組んでいる銀行で、金利引き下げや毎月返済額の増額を交渉
日銀がマイナス金利政策を導入してからというもの、銀行間の住宅ローン金利引き下げ競争が白熱しています。借り換えの適用金利が0.4%台の銀行も多くあり、チャンスです。返済期間が残りわずかでも、借り換えを考えてみましょう。
まずは他行で諸経費を含む借り換えの試算をしてもらい、それをベースに現在ローンを組んでいる銀行に「金利引き下げや毎月返済額の増額(=期間短縮)」を交渉します。交渉は丁寧に、交渉というよりお願いするというスタンスで行いましょう。希望に近い条件が提示されればそれでよし。借り換えに必要な諸費用が浮きます。
●借り換えを実行する
銀行との交渉に満足できなかった場合は、借り換えを実行します。その際の注意点は、ローン完済年齢を60歳、無理であれば完全リタイアの年齢近くに設定することです。
●繰り上げ返済をする
「借り換えはちょっと」という人は繰り上げ返済をしましょう。繰り上げ返済の条件をチェックして、「期間短縮型」を選択します。くれぐれも「返済額軽減型」を選択しないように。
負債という不安をクリアして安心の老後を
50歳代は住宅ローン返済より老後資金の準備に重点を置きがちですが、住宅ローンを定年までに完済することは老後資金を準備するのと同じこと。むしろ、現在の預貯金金利を考えると、老後資金づくりを上回る効果があるといえます。負債がなければ、年金を基本にすえて老後の生活設計を工夫することができます。定年と同時に、背負っている重荷をおろして身軽になり、老後生活に入ろうではありませんか。
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