『アナと雪の女王』等、「アニメ映画の訳詞」の特殊性
『アラジン』撮影:荒井健(C)Disney
「ディズニーだからというわけではないのですが、映像の訳詞の場合は、リップシンクといって口の形に合わせて訳をつけていくことが重要です。例えば「オー」という口の形をしているときに「イー」という母音の言葉を載せたら、合わないじゃないですか。そういうこと全部を合わせた上で、意味も訳さなくちゃいけないしメロディにも載せなくてはいけない。ある種パズルのような面もある、とても特殊な翻訳なんです」
――耳なじみの良さも求められますよね。
「そのためには言葉を詰め込まないことです。例えば英語でI Love Youと歌うと、音符はふつう三つです。日本語の歌詞を一音一字でいれると“好きよ”くらいしかあてはめられません。“愛してる”と入れることは可能ですが、メロディーによっては詰め込んだ感じになる恐れがある。4分音符を8分音符に割るようなことをすると音の感じも変わってくる場合があるし、耳なじみも変わってきてしまうんです」
――細かい質問ですが、『アナ雪』の「レリゴー」の原詞では“周囲にこういわれた、こうさせられた”と状況描写をしているところを、訳詞では“それももうやめよう”とエルザの決意に置き換えている部分があり、“発展的”な訳だと感じました。
「英語の歌を日本語に訳すと、意味が半分くらいしか入らないのです。状況描写は必要ないというのではなくて、全部は入らないので、何をとるかを考えたときに、“こういわれた”よりも“(だから)こうする”という方をとりました。こうした判断は事前にディズニー側と協議するわけではなく、届いた映像と楽譜を見ながら私がしてゆき、問題があればディレクターから指摘が来るという感じです」
劇団四季『アラジン』訳詞のポイント
――この『アナ雪』の大ヒットが縁で、『アラジン』でまた劇団四季の舞台にかかわることになったのですね。「退社して17年ぶりにご連絡をいただき、担当させていただくことになりました。映像のようなパズル的な部分はありませんのでのびのび翻訳しましたが、高い音を延ばすようなところに「イ」音は入れないといった配慮はしました。ロングラン作品では特に、連日高音で「(わたし)に~」といった歌詞を歌うと喉を傷めがちですので。それは劇団に在籍し、現場を知っていたからこそわかることかもしれませんね。また「理想の相棒―フレンド ライク ミー」では歌詞だけ見ると、俳優が歌いながらどんな動きをしているのか、よくわからない部分もあり、稽古を見て「そういうふうに動くんだ」とわかって直したりもしました」
――地方発のオリジナルミュージカルも、いろいろと手掛けていらっしゃいます。
「フリーランスになったのが市民ミュージカルが盛んな時期だったのか、いろいろご依頼をいただきましたね。オリジナルミュージカルを作る修行になりました」
ミュージカル作家の「適性」
――いいミュージカルを作るコツとは?「壊すことを恐れないことですね。ミュージカルづくりは“作っては壊しの連続”で、それが嫌な人にはできないと思います。書いては作曲家や演出家からいろいろ言われて、どんどん直してゆきます」
――書きあがった時点では“ベスト”と思える作品について、言われた意見を聞き、対応してゆく。それには柔らかい心が必要、ということでしょうか。
「そうかもしれません。実際、一人の視点で作るより、いろんな人の意見が入ったほうがいいものができるんですよ。自分一人に固執するなら小説を書いた方がいいわけで、舞台の場合はいろんな立場のスタッフが意見を言いますし、稽古が始まれば役者も言います。それに対して“それなら、こうしてみようよ”と対応できることが大切ですね」
――今後、どんな表現者でありたいと思っていらっしゃいますか?
「オリジナルミュージカルってこんなに可能性があるということを提示していきたいですね。そのためには、今回のように、“いかにもミュージカル向きの素材”ではなく、自分が“いいと思った”ものをオリジナルミュージカルにしていきたいです」
――ミュージカルづくりに興味のある若い人たちに向けて、こういうことを若いうちに学んでおくといい、というようなことはありますか?
「たくさん(舞台を)観ることでしょうか。私は、劇団四季というところで海外の優れた作品を何度も何度も稽古場で観ることができ、恵まれていました。繰り返し観ることで、自分の中で知らず知らず学びが蓄積されていたんですね。いいものをたくさん見る、自分の引き出しを豊かにしておく。それが第一段階だと思います」
――ご苦労も多々あるかと思いますが、ミュージカルを仕事にするということの喜びは?
「ミュージカルは、創り手になるより、観て楽しんでいただくほうがいいと思います(笑)。創作してみませんかと働きかけなければやらない人は、やらなくていいんですよ。どうしてもやりたい人なら、誰も何も言わなくても、自分から出てくる。そういうものだと思います」
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決して今の仕事を追い求めたわけではなく、「私は置かれたハードルを跳び続けただけ」と言う高橋さん。しかしその都度地道に、誠実に取り組んで来られたからこそハードルが現れ続け、『アナ雪』でのブレイクに繋がったのだと、じっくりお話をうかがって感じられました。そんな彼女の「ミュージカルの可能性を広げる」という目標を具現化する、今回の新作『手紙』。そこにどんな地平線が広がっているのか、間もなくの開幕が待ち遠しく思われます。
*公演情報*ミュージカル『手紙』1月25~31日=新国立劇場小劇場 2月5~8日=新神戸オリエンタル劇場 2月10日=枚方市市民会館
*次頁でミュージカル『手紙』観劇レポートを掲載しました。