湖月わたる 埼玉県出身。89年に宝塚歌劇団に入団、03~06年に星組トップスターを勤めたのち退団。『くたばれ!ヤンキース』『カラミティ・ジェーン』『絹の靴下』等のミュージカルの他、『BAD GIRLS meet BAD BOYS』シリーズ等ダンス公演でも活躍。来年は『グランドホテル』への出演が決定している。(C)Marino Matsushima
1920年代のシカゴを舞台に、恋愛がらみで殺人を犯した女囚ヴェルマとロキシーが敏腕弁護士ビリー・フリンの力を借り、マスコミを利用しながらスターとなってゆく。実話をもとにした“不道徳”な物語を、ボブ・フォッシーの(初演版)振付、カンダー&エッブの音楽でセクシーかつスタイリッシュに描いたミュージカルが『シカゴ』です。
75年のブロードウェイ初演以来、世界各地で愛されている本作ではブロードウェイ版に映画スターが出演したり、日米双方で米倉涼子さんが出演するなど、話題性のあるキャスティングも“お楽しみ”要素ですが、4日に開幕した今回の来日公演では小悪魔のロキシー役をシャーロット・ケイト・フォックス(ドラマ『マッサン』)が、そして8公演限定のスペシャル・マチネでヴェルマを湖月わたるさん、フレッド・ケイスリー役を大澄賢也さんが演じるのが大きな話題。とりわけ、一足先にブロードウェイで本作デビューを飾ったシャーロット、以前にも来日版に出演経験のある大澄さんとは異なり、英語での演技は全く初めてという湖月さんにとっては、作品の水先案内人的なキャラクターとして台詞も多いヴェルマは大きな挑戦です。
宝塚を卒団後、フォッシー・スタイルのダンスに開眼、いつかはと夢見ていた英語版への出演を現実のものとした湖月さん、ここに至るまでにはどんな準備を積んで来たのでしょう。スペシャル・マチネを約2週間後に控えた心境、そしてこれまでの道のりをじっくりうかがいました。
『シカゴ』をもっと知りたい一心で英語を学び始め、たどり着いた大きなチャンス
『シカゴ』
「私は宝塚を退団して今年で10年目に入ったところですが、退団後一作目が『くたばれ!ヤンキース』という、ボブ・フォッシーさんが振付されたミュージカルでした。その時、(ブロードウェイの伝説的なスター女優の)グウェン・バードンさんが私の演じるローラという小悪魔を演じている映像を見て、そのダンスがあまりにもセクシーでコケティッシュで素敵で。“こういうダンスをやってみたい”と強く思い、当時の相手役で、既に日本におけるフォッシー・ダンスの第一人者でいらっしゃる大澄賢也さんにいろいろうかがったり、教えていただいたりしました。あの映像に出会わなければ今、女優はやっていなかったんじゃないかというほどの衝撃でしたね。
同じフォッシー・スタイルの『シカゴ』に対する憧れも芽生えていたところ、3年前に宝塚のOGによるセレクション・バージョンでヴェルマのナンバーを3曲演じることになり、改めてフォッシー・スタイルを、大澄さんや現地からいらしたスタッフの方に一から教えていただきました。そうなるとますます興味が涌き、“もっと知りたい、全編を演じてみたい”と思ったのですが、私の持っていたのは3ナンバーの資料と、ブロードウェイで買ってきたCD1枚だけでした。それまで英語に対しては苦手意識があり、海外旅行に出ても引っ込み思案になってしまうほどでしたが、この時ばかりは“(『シカゴ』を)歌えるようになりたい!という意欲がすごくわいてきて、“歌詞だけでなく台詞についても“英語だとどういうふうに言っているんだろう”と思うようになり、英会話教室の門をたたき、習い始めました。
はじめは譜面に書かれている文章の英語と耳に聞こえてくる音を結びつけるのが大変でしたが、昨年、宝塚OG版の『シカゴ』に出させていただき、現地から来てくださっているスタッフの皆さんの会話がどの場面についての言及か、通訳さんを介さずしてもわかったんです。現地スタッフの方々にも“英語を話せるようになれば世界が変わるよ”言っていただいていたところに、今回のアメリカ・カンパニーが来日するのを知り、体中の細胞が“うわー”っとなるくらい興奮しました。発音を必死で磨き、英語で台詞を言っている映像を(現地に)お送りしたところ、出演許可をいただけて、スペシャルマチネに出演できると知った時は、本当に鳥肌が立ちましたね」
『シカゴ』2014年宝塚歌劇OGバージョン 撮影:宮川舞子/引地信彦
「まずはシカゴの英語指導をしている方についていただき、台詞の一つ一つの発音をゆっくり、クリアにしてゆくことから始まって、英語の仕組みを学んでいきました。言いにくい台詞は山ほどありましたよ(笑)。日本人的にはどうしてもrの発音が難しかったりvとbがごっちゃになったり、二重母音やirやerが発音しにくかったり。口の奥をしっかりあけていないと音が出てこないのですが、ある時、並行してやっていたボイストレーニングとリンクしてきて、こうすれば歌も台詞も同じポジションで発することができるというのが掴めだしてからは、楽しくなってきましたね。やっぱり筋肉で覚えていくのが大事なんだと思って、お風呂に入っていても、不審に思われるのでマスクをしながら(笑)町を歩きながらも、ぶつぶつ台詞を言ったりしていました。一つのフレーズを自然に言えるようになるまでにも時間がかかりましたが、その次はヴェルマとして、彼女ならどうそのフレーズを発するかを考えてゆく。難しい作業でしたが、同時に楽しくもありました」
――原語が体に入ってきたことで、より『シカゴ』について見えてきたものはありますか?
「“1920年代のアメリカ”の空気がようやくつかめたように感じました。生粋のアメリカ人になることはできませんが、日本系アメリカ育ちのヴェルマになりたいと思っています。宝塚で外国の話を演じる時には“外国人になりきる”という感じでしたが、本作は衣裳もシンプルでヘアも地毛でいきますし、“生身の体”で勝負する作品。自分の日本系というアイデンティティをしっかりもって英語をしゃべる、ということを大事にしていけたらと思います。大澄さんも“日本人であることを逆に武器にしたらいいよ、アメリカ人にはないものがあると思うから”と言ってくださったんですよ。これから来日したカンパニーの皆さんと合流してお稽古を重ねてゆくので、その中で新たに感じることもあるかもしれません」
*『シカゴ』談義、まだまだ次頁に続きます! 女囚たちが活躍する一見、不道徳な物語が、アメリカのみならず世界的に人気の理由とは?