11月3~30日=帝国劇場
『ダンスオブヴァンパイア』
【見どころ】
2006年の日本初演以来、『エリザベート』とはタイプを異にする“ウィーン発の傑作”として人気のミュージカル。『エリザベート』『モーツァルト!』『レディ・ベス』のミヒャエル・クンツェがアメリカの作曲家ジム・スタインマンと組み、荘重な枠組みの中にふんだんなコミカル要素を盛り込んだエンタテインメント作品です。ヴァンパイア研究のためトランシルヴァニアにやってきた教授と助手の青年、そして彼が恋する宿屋の娘。彼らが足を踏み入れた禁断の世界に住まうのは…?
初演以来の当たり役としてクロロック伯爵を演じるのは、山口祐一郎さん。教授役を石川禅さんが演じるほか、助手と宿屋の娘役には今回、ダブルキャストで平方元基さん、良知真次さん、神田沙也加さん、舞羽美海さんとフレッシュな顔ぶれが揃います。クライマックスで登場するのは、スタインマンがハリウッドのアクション映画『ストリート・オブ・ファイヤー』のために作曲した“あのヒット曲”なのですが、それが不思議なほどぴたりとはまり、劇場空間全体に熱狂の渦を巻き起こす。ウィーンミュージカルの懐の深さが体感できる、痛快な作品です!
【観劇レポート】
「禁じられた世界」に自由への扉を見出す
もう一つの傑作ウィーンミュージカル
*(若干ネタばれを含みますので、未見の方はご注意ください)
『ダンス オブ ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
開演前アナウンスを担当するのは優しい、けれどちょっと頼りない(?)男性の声。携帯電話の電源を切り忘れるとヴァンパイアに居場所を知られてしまいますよ、など観劇マナーを作品に絡めて喚起する彼は、最後に「アプロンシウス教授の助手、アルフレート(つまりこの日の同役・平方元基さん)でした」と名乗ります。
『ダンス オブ ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
どこぞのアミューズメントパークの「呪われた館」のナレーションを思わせる、ムードいっぱいのこのアナウンスで期待を掻き立てられた後に響くのは、オーケストラをフルに使った厚みのあるサウンドが特徴的な序曲…。ではあるのですが、続いて舞台に登場するのは、寒さで凍ってしまったアプロンシウス教授と、彼をやっとのことで助け出すアルフレート。どこか間抜けな二人が宿屋にたどり着くと、そこでは村人たちが馬鹿馬鹿しさ全開のナンバー「ガーリック」を歌っており、観客は本作が「ウィーンミュージカル」とは言え、『エリザベート』とは全く異なるコメディ路線の作品であることに気づかされます。
『ダンス オブ ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
アルフレートは宿屋の主人の娘サラに一目惚れするも、父親に束縛され外界への憧れを募らせる彼女は吸血鬼クロロックの誘惑に乗り、彼の住む城へと向かってしまう。教授とアルフレートは彼女を助け出すべく、その後を追うのですが…。
科学万能を信じるあまり動物的な自己防衛本能の欠落した教授に、純情だが肝心な場面での行動力に欠けるアルフレート。娘の純潔を死守しながらも自分は浮気性(しかもシツコイ)という宿屋の主人ら、欠点だらけのキャラクターたちの造形や彼らの迷走ぶりが何とも楽しい本作。しかしいっぽう、ノリの良さゆえつい聞き流しがちな歌詞を丁寧に聞いてゆくと、この無邪気さの中には作品の確かな「芯」が内包されていることがうかがえます。
『ダンス オブ ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
大胆にもクロロックの城に乗り込み「激しい恋がしたかった。どうなってもいい」と言い放つサラ。クロロックには「老いぼれに頼るな。欲望に従って自由をつかめ」と言われ、夢の中ではサラをヴァンパイアに奪われるなど、常識に挑戦するかのような出来事に振り回され、最終的にはどんでん返しを楽しむまでになるアルフレート。向こう見ずに暴走し、自己を開放する二人はまごうことなく「青春」の象徴であるのに対して、何百年にもわたって愛を「奪っては失うこと」を繰り返し、虚しさのただなかにあるクロロックは、「儚いからこそ人生は美しい」と思い起こさせる存在です。キャストがほぼ総出で「つかの間の青春」を炸裂させるそのフィナーレは、一瞬の芸術である舞台で表現されることで、さらにその輝きを増幅。劇場空間には爽快なまでの開放感が立ち込めるのです。
『ダンス オブ ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
ソフトな歌声にもただならぬ迫力を漲らせ、「この世のものではない」クロロックという役に説得力を与える山口祐一郎さんはじめ、ハリと安定感のある歌唱でサラの一途さを表現する神田沙也加さん(舞羽美海さんとのダブルキャスト)、翻弄される若者アルフレートを体当たりで演じる平方元基さん(良知真次さんとのダブルキャスト)、びんと通る声で教授の頑迷ぶりをくっきりと描く石川禅さん、滑らかな身のこなしで「異界」の存在感を十分に示す伯爵の息子ヘルベルト役・上口耕平さん、誰かわからないほど(?)の作りこみようで城の使用人クコールを怪演する駒田一さんら、キャストもそれぞれにぴたりとはまり、作品の骨格を浮き上がらせています。
『ダンス オブ ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
主人公たちの幻想に絡むヴァンパイア・ダンサーたちのダンスも妖気すさまじく、特にアルフレートの見る悪夢のシーンは、美と暴力性の拮抗が圧倒的。見どころ満載、しかし決して観る者に緊張を強いることはない、極上のエンタテインメントに仕上げられた舞台です(演出・山田和也さん)。
*次頁で「夢の続き」以降の作品をご紹介します!