憑依現象は古来、稀ではありますが、世界中で起こっています。精神医学では憑依症候群と呼ばれています
一種の超常現象ですが、精神医学的な説明も可能です。憑依現象は精神医学では憑依症候群(possesion syndrome)と呼ばれています。
現代社会では憑依現象は以前よりかなり少なくなっているかもしれませんが、心の病気の複雑性を理解するうえで重要な要素もあります。今回はこの憑依症候群を詳しく解説します。
心霊スポットに行ったら、何かにとりつかれた?
心霊スポットと呼ばれる場所は昔の刑場のあとであったり、何か不吉な言い伝えが残っている場所だったりします。こうしたスポットにたまたま来てしまう人もいれば、面白半分に行ってしまう人もいるものです。憑依症候群の例として仮の話ですが、若者の男女数人のグループがその地域の有名な心霊スポットに面白半分にやってきたとします。皆でそれらしき雰囲気を感じながらも、わいわい楽しく過ごしているうちに、突然その1人A君に変容が現われました。A君が突然、動物のような鳴き声を上げたのです。皆が驚いて注視すると、A君の表情はそれまでとは一変して、皆がそれまで見たこともないような不可解なものになっていました。口からよだれを垂らしたまま、動物のようなしぐさで体を動かします。あたかも狐がついたかのようです……。
このA君の災難に関しては、「そんなところに行くのがそもそもいけない」といった意見もありそうですが、ここでは憑依症候群という観点からこの「きつねつき」を解析します。
憑依症候群に共通するパターンとは?
今回の例でA君にとりついたのは狐としましたが、それは時に精霊であったり、悪魔であったり……と、多様性があります。憑依症候群に共通して言えることは、とりつかれた本人は顔の表情や声の調子、話し方や動作などが大きく変わり、周りの目には何かにとりつかれたように見えることです。とりつくもの自体は、狐付きを信じる文化的素地がある地域ではだいたい狐といったように、憑依症候群は地域の文化的影響を強く受けています。
憑依症候群に共通することとして、何かにとりつかれる人は通常、何らかの心理的問題を抱えていることが挙げられます。具体的には恋人や家族との関係がうまくいっていない。あるいは生活環境が厳しく、現状への不安が強い場合もあります。
憑依症候群はその症状の現われ方によっては、他の精神疾患の亜型とみなせる場合もあります。具体的には、多重人格の特殊なタイプと見なせる場合もあるかもしれません。しかし、憑依症候群で現われる精神症状は一般に幅が広く、場合によっては気分障害的な症状が目立つ場合もあれば、妄想や幻覚など精神病様症状が目立つ場合もあります。憑依症候群は完全にある特定の精神疾患の亜型にはなっていません。
憑依症候群の予後、すなわちとりつかれた状態から回復していく過程にも個人差がかなりあります。この例では、A君は翌日、まったく普段どおりの姿で仲間たちの前に現われたとします。憑依症候群では通常、とりつかれていた時の記憶はありません。A君は昨日、何が自分に起きたかは分からず、その場所には2度と近づかないでしょう。
憑依症候群は心の不調が特殊なかたちで現れた病気!
しかし、そのように超常現象として片付けるのではなく、実はA君は精神科を受診すべきです。憑依症候群の本質は、心理的に辛い状況におちいり、脳の神経生理学的機能に変調が生じて、あたかも狐にとりつかれたような精神症状を脳が生み出した……と考えられるからです。A君には不可解な症状が現われましたが、別の人には通常の抑うつ症状、あるいは、うつ病の発症になったかもしれません。すぐ回復したからといって、そのまま安心しない方が良いでしょう。とりあえず精神科を受診して、A君の心理的な問題や精神状態に対して何か対処が必要かどうか見極めたいところです。
憑依症候群は心の病気のなかでは、地域の文化的背景が症状に顕著な影響を及ぼす、いわゆる文化依存症候群でよく見られるものです。A君はもしかしたら、心霊スポットに行ったら、何か大変なことが起こるのではないかと内心、恐れていたのかもしれません。狐つきの話も誰かに聞いたことがあったのかもしれません。
今回は憑依症候群を解説しましたが、心の不調が実際にどのように病気として発症するかには、今回のように地域の文化も時に密接に関与してくることは、どうか皆さま知っておいてください。