気合、気迫で初舞台をつとめる
『エリザベート』2000年公演 写真提供:東宝演劇部
「実際舞台に立つと、週10回公演だったり、メイクしなくちゃいけないとか、マイクつけてとか、汗をめっちゃかくとか(笑)、実際的な問題が降りかかってきて、正直、あまり感慨に浸ってる暇はなかったけれど、“夢がかなった”という幸福感はあったと思いますね。
実はそれまで10年間、イメージトレーニングをしていたんですよ。自分がミュージカル俳優になったらこういうふうにありたい、取材を受けたらこう答えよう…とずっと想像していたので、それがやっと実現したなというのはありましたね。“苦節10年”、自分の中だけでしたけど(笑)。共演者からサインはもらわないぞ、といった妙なプロ意識が最初からありました」
――記念写真もダメですか?(笑)
「“みんなで撮ろうよ”となったら撮りますけど、“ここは仕事場だから”と意識してしまうんです。(学生時代に)何かの記事で、そういうことをおっしゃっている方のインタビューを読んで影響を受けたのでしょうね、ミュージカル・オタクだったので」
――“演技”については、想像していた通りでしたでしょうか?
「ビギナーズ・ラックみたいなもので、登場して20分間で死ぬという鮮やかな役を、僕はお芝居というよりそれまでの10年間溜めてきた“気合”みたいなもので演じていたと思います。キャラクターが必要としていた気迫がその時の僕にちょうど合っていたのであって、演技力というより、気合でやっていたのではないでしょうか。それを皆さんに褒めていただいて、その役に関してはそれで成立していたのかもしれないけれど、後から思えば何もわかっていませんでしたね」
「トート」役の特殊さと面白さ
『エリザベート』2015年公演 写真提供:東宝演劇部
「もちろんよく知ってる作品ではあったけれど、トート役は初めてで、演じてみるとあまりにも特殊というか、やったことのないタイプの役で、はじめはどうしたらいいのかなと結構思いました。普段演技でやってはけないことがいっぱいできる役と言いますか、例えば翻訳ものの作品だと、つい身振り手振りをしてしまいがちだけど、嘘っぽいのでやめようということになりますが、トートはそういうことは関係ないんですよね。必ずしも意味はなくても、ここでこう手を動かしたら何か生まれるんじゃないかという面白さがあるんです。
歌に関しても、基本的にビブラートは“歌”という感じになってしまうので、ミュージカルではあまり使わないほうがいいと思っているのだけど、トートにはそういうことが関係ないし、エコーがかかっていたりもします。この役独特の自由な感じが、途中から楽しくなってきて、“やりすぎてるかな”というくらい(いろいろなことを)やっているのが、申し訳ないと思う位楽しかったです。それこそ今、取り組んでいる(出ずっぱりの)ジョルジオとは真逆で、トートって少し出ては退場する役だけど、ものすごく印象が強いじゃないですか。皆さんがトートの一挙手一投足に集中して観てくださる、それは結局、作品の世界観が素晴らしいわけで、演じる僕たちはその中においてもらっているだけ。実際はその作品を作った方たちが凄いんだと思いました」
――演じる方によって見え方が全く違うのも面白いですよね。
「作品世界がしっかりしてるから、人が変わっても面白いんでしょうね」
*次頁では井上さんが積極的に取り組んでいるストレート・プレイへの思い、そして今後のビジョンをうかがいます!