ミュージカル/注目のミュージカルレビュー・開幕レポート

2015年9~10月の注目!ミュージカル(2ページ目)

灼熱の日々から一転、爽やかな秋晴れも顔を覗かせ始めたこの頃、演劇界では“芸術の秋”にふさわしい舞台の準備が着々と進んでいます。今回は『CHESS』『プリンス・オブ・ブロードウェイ』『コーラスライン』『Working』等の注目作をご紹介。開幕後は随時観劇レポートも追記してゆきますので、お楽しみに!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド


【Pick of the Month/ September 9月の注目作】

CHESS

9月27日~10月12日=東京芸術劇場プレイハウス、10月19~25日=梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
『CHESS』リハーサルよりundefined写真提供:梅田芸術劇場

『CHESS』リハーサルより 写真提供:梅田芸術劇場

【見どころ】
『CHESS』というミュージカルのことは知らなくとも、多くの人は無意識のうちに、かつて世界的にヒットしたその挿入曲「One Night In Bangkok」(全米ヒットチャート3位)「I know him so well」(全英1位)を耳にしたことがあることでしょう。チェスの世界選手権を舞台に、東西冷戦に翻弄されつつ自分の愛と生き方を貫こうとする男女を描いた本作は、『ジーザス・クライスト=スーパースター』のティム・ライスが原案・作詞を、アバのベニー・アンダーソン、ビョルン・ウルヴァースが作曲を手掛け、84年にアルバムとして発表、86年にはロンドンで初演。その多彩で壮大な音楽と知的でシニカルな内容の組み合わせから、世界各地で上演が繰り返されて来ました。

日本では12年、13年にコンサート・ヴァージョンが上演され、リピーターが続出。その圧倒的好評に応えて今回、主要スタッフ、キャストが再結集し、フルステージ版の上演が実現しました。演出・訳詞は荻田浩一さん、音楽監督には島健さん。冷戦の犠牲者であるハンガリー出身のヒロイン、フローレンス役に安蘭けいさん、彼女がセコンドを務めるアメリカ人チェス・プレイヤー、フレディ役には中川晃教さん、彼の対戦相手でロシア人のアナトリー役に石井一孝さん、また新キャストとして、試合を司るアービター役に田代万里生さん。歌唱力抜群の俳優たちが、クラシックからプログレ、ロック、ポップスと実に幅広く、歌い手にとっては難度Eと言われる本作を自在に歌いこなし、ドラマティックな作品世界へと誘ってくれそうです。
『CHESS』リハーサルよりundefined写真提供:梅田芸術劇場

『CHESS』リハーサルより 写真提供:梅田芸術劇場

【稽古場レポート】
下手(左)側がオーケストラ、上手(右)側が階段など、起伏のあるアクティング・スペース。この日は1幕後半の稽古ということで、まずは階段上に田代さん演じるアービターが登場。これまでにない冷徹な役どころを堂々とした立ち姿と台詞でこなす田代さんに引き込まれますが、アービターがゲームの不意な終了を告げると、それに続くシーンで稽古の流れがストップ。出演者たちがアクティング・スペースのあちらこちらで、打ち合わせを始めました。実はこのシーン、コンサート版には存在しない、今回初登場のシーン。フルステージ版の台本では非常にシンプルなト書きとなっているため、それぞれが細やかにその時の心情を確認しあいながら、動きを決めています。舞台前方ではフローレンス役の安蘭さんとアナトリー役の石井さん、そしてアメリカCIAウォルター役の戸井勝海さんが互いの関係、そして各自がその時点で何を知り、何を知らないのか、何を意図しているのかを細かく確認。石井さんは台本には書かれていないサブストーリーも提案し、それぞれの役をより説得力あるものに構築しています。

2回のコンサート版を経て、既に本作を熟知しているスタッフ、キャストですが、その上でさらに肉付けを徹底。国家の策謀が渦巻く中で自身を見失わずに生きようと懸命な主人公たちの姿が鮮明に浮かびあがるドラマとなるのでは、と期待が増す稽古見学となりました。
『CHESS』リハーサルよりundefined写真提供:梅田芸術劇場

『CHESS』リハーサルより 写真提供:梅田芸術劇場

【演出・荻田浩一インタビュー】
――今回で『CHESS』という作品に取り組まれるのは3回目。回を重ねずにはいられない、本作の魅力とは?

「まずは圧倒的な迫力のある音楽ですね。同時に、本作は複雑怪奇に作られ、非常にトリッキーな作品です。聴衆に対してアピール度が高い一方、マニアックに作られているという裏腹な面、そこが一番の魅力だと思います」

――フルステージ版上演にあたっての課題は?

「チェスのトーナメントと東西の対立という、日本人にはあまりなじみのない題材の上に成り立っているので、どれだけお客様に情報を舞台から提供できるか。ある程度の知識があったほうが絶対楽しめる作品なので、どの程度白紙でいらしたお客様に楽しんでいただけるかというところですね」

――本作はこれまで各国で様々な切り口で上演されてきました。今回、荻田さんはテーマをどうとらえていらっしゃいますか?

「個人と社会(社会構造)の問題かととらえています。ラブストーリーもありますし、イデオロギーの対立という問題も出てきますが、最終的には個人の問題に帰結してゆくと言いますか。そういう意味では硬派な作品と言えると思います」

――1幕では東西、つまりアメリカとソビエトの対立に主人公たちが翻弄されるという構図がわかりやすいのですが、2幕になるとそれぞれの思惑がわかりにくくなっていきます。

「何が真実かというのは、ある程度観客に委ねられていると思います。虚虚実実が入り乱れて、何を目的として彼らが動いているかがわからない、ある種スパイ合戦でその時その時の行動もフェイクなのかもしれないと常に匂わされています。そんな中で、最終的に虚無感が浮かび上がってくる。と同時に、そんな状況でも個人が闘う意思を持ち続ける、というところをご覧いただければと思います」

――シリア難民問題が日々聞かれる今、本作は期せずして非常にタイムリーな作品のような気がします。

「今のヨーロッパの状況は、言わば東西冷戦が終わってからの玉突き事故のようなもので、必ずしも無縁ではなく、地球を舞台にした力関係のバランスが狂うことによって引き起こされた印象がありますね。『CHESS』が発表されてすぐベルリンの壁が崩壊し、その後民族紛争や宗教紛争が繰り返されていて、その時代、そのずっと前の時代から(問題が)繋がっているのだなと思いますね」

――どんな舞台に仕上がりそうでしょうか?

「めくるめく楽曲と複雑怪奇なプロット。お客様も翻弄されると思いますし、最後に来るものが絶望なのか希望なのか、観る人も試されるような作品になるのでは、と思います」
『CHESS』リハーサルよりundefined写真提供:梅田芸術劇場

『CHESS』リハーサルより 写真提供:梅田芸術劇場

【音楽監督・島健インタビュー】
――All Aboutミュージカルに音楽監督さんが登場してくださるのは今回が初めてですので、まずは音楽監督とはどんなお仕事か、というところから教えていただけますか?

「ケースによって多少違いますが、海外作品をやるにあたって、一番大事な仕事は、編成がオリジナルと違うことがありますので、スコアをそれにあわせて書き直すということです。その時の演出によって音楽のサイズが変わったり、ここはこういう要素が欲しいですねということもあるのでアレンジが必要なのです。あとはオーケストラの人選など、音楽面全般を監督します」

――今回の『CHESS』については?

「もとのスコアがかなり大編成で書かれていて、そのままでやることは出来ないので、人数を縮小して書き直しました。

本作で象徴的なのはチェレスタという楽器です。オルガンのような形状で、オルゴールのような音のする楽器ですが、「Pity The Child」をはじめ、随所で印象的に使われています。チャイコフスキーが「くるみ割り人形」の「金平糖の踊り」で当時の新しい楽器として使ったもので、現代でも作られているのですが、やはり当時のものの方がいい音がするので、今回もこだわって当時のものを使用しています。独特の音色を楽しみにしてください」

――『CHESS』の音楽、どんな印象を持たれましたか?

「アバの二人が書いた音楽なので、「ダンシング・クイーン」のような曲調を予想していたら、最初はすごくクラシカルに始まって、そのうちプログレッシブ・ロックに転じる。予想と全然違って、ありとありとあらゆるジャンルが出てきて、それがすべてクオリティが高いんです。非常にユニークで面白い音楽だと思います。変拍子が多いのも特徴で、「One Night In Bangkok」のようなディスコ調の曲でさえ変拍子が出てくるのです。演奏する側は注意していないといけないので、大変ですよ(笑)。どの曲もそれぞれにいいけれど、インストルメンタルの「Chess Game」もショパンのようで好きですね」

――今回、音楽的にはどんな公演になりそうでしょうか?

「とてもよくできた作品で、それぞれのキャラクターの見せ場(聞かせどころ)があります。オーケストラのメンバーも指揮の上垣さんも、音響スタッフも、そしてもちろんキャストの皆さんも素晴らしいので、絶対に素晴らしい公演になると思いますよ」

【観劇ミニ・レポート】
『CHESS』撮影:村尾昌美

『CHESS』撮影:村尾昌美

それぞれ心に痛みを抱えた3人の男女が、チェスの世界選手権で出会う。米ソの代理戦争と化した試合を巡って、彼らは国家権力に翻弄されつつも、必死に自分の人生を生きようともがくが…。

ビョルン&ベニーの楽曲の魅力が前面に押し出されたコンサート版を経て、ついに実現したフルステージ版の日本初演。コンサート版で4人だったアンサンブルが8人へと倍増し、また彼らの動きも大きくなったことで、舞台上には国家機関の陰謀や節操のないマスコミ、それに踊らされる大衆らの姿が混とんと渦を巻いて見えます。
『CHESS』撮影:村尾昌美

『CHESS』撮影:村尾昌美

そんな中でも上記3人の揺れる思いがくっきりと立ち現われるのは、巧みに色分けされた楽曲の力はもちろん、コンサート版初演からじっくりと作品に向き合い、理解を深めてきたフローレンス役・安蘭けいさん、フレディー役・中川晃教さん、アナトリー役・石井一孝さんの歌唱力、作品に対する真摯な姿勢があればこそ。とりわけ、喧噪の展開の中でひとり静かにたたずみながら、1幕最後の「アンセム」で思いを迸らせ、場をさらってゆく石井さんが見事です。
『CHESS』撮影:村尾昌美

『CHESS』撮影:村尾昌美

また刻々と変わる状況に応じて3人の人生を手玉にとるアメリカの諜報部員ウォルター役・戸井勝海さん、(コンサート版とは異なり)1幕からリアルな存在感を放つアナトリーの妻、スヴェトラーナ役AKANE LIVさんも、今回は俄然しどころが増加。一筋縄ではいかない、“重層的なドラマ”に貢献しています。
『CHESS』撮影:村尾昌美

『CHESS』撮影:村尾昌美

さらに今回、非常に面白い存在となっていたのが、田代万里生さん演じるアービター。作者ティム・ライスによると、この役は例えば『エビータ』のチェのようなナレーター的な役どころではなく、あくまで物語の登場人物の一人で、チェスの試合の審判にしてなかなか狡猾な男なのだそうですが、今回の演出におけるアービターは、一切の感情を排し、生身の人間を超越した“ゲームの象徴”。演じる田代さんは力強い美声を聞かせつつ、ぴんと背筋を伸ばし、指先まで神経を行き渡らせた様式的な所作を貫くことで、“居る”だけのシーンにも独特のインパクトを加えます。特にパラソルを差した彼が超然と歩き回る姿には、冷酷さとブラックなユーモアが交錯し、本作全体の視点が凝縮されているかのよう。音楽監督の島健さんが「最低限この人数は」とこだわったオーケストラも重厚かつ躍動感に溢れ、ロック・ナンバーでは佐藤誠さんのギター・サウンドが気持ちよく炸裂する舞台です。

*本作へのご出演者、作者への過去のインタビュー 安蘭けいさん石井一孝さん中川晃教さんティム・ライスさん

*次頁で『SUPER GIFT!』以降の公演をご紹介します!
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