価値観は、環境によってつくられる

都会のサラリーマン

競争の激しい環境の中で、「良い自分」へのこだわりが強くなっていくことも


こうした二極化思考を、ある人は乳幼児の頃に身につけます。

幼い子どもは外界で生きていくことに不安を抱えていますが、大人から安心感を与えられ、見守られながらできることを増やしていき、「ありのままの自分でいても大丈夫」と自信をつけていきます。しかし、その安心感が得られず、良い自分でいるときだけ注目され、悪い自分でいることが許容されない環境で育ってきた場合、「良い自分でい続けなければ安心できない」という思考ばかりが発達してしまいます。

逆に、育った家庭は穏やかであっても、その後の人生で切迫した競争感のなかに長く身を置いてきた人にも、「良いか、悪いか」の二極化思考が強くなる人がいます。エリート教育が盛んな環境、スクールカーストのような仲間の格差意識が盛んな環境、個人の成果ばかりが問われる環境――こうした環境に身を置くなかで、価値観が「良いか、悪いか」の二極化に偏っていく人は少なくありません。

たしかに、受験の成功やノルマ達成のような目の前の結果をつかみ取るために、「良い自分」を精鋭化することには一定の効果があります。しかし、長期的に「良い自分」だけをキープし続けるのは難しく、誰もがいずれは何かのはずみで壁にぶつかり、立ち止まるときがやってきます。そのとき「良い自分」だけにしがみついたままでいると、挫折のダメージに耐えることができなくなるのです。
 

「良い、悪い」両方揃っている姿こそ、自然

大切なのは、自分も他人も環境もすべて「良い部分も悪い部分も内包した全体的な存在」だと捉えることです。たとえば、自分を見つめる際には「自分の中には良い面もあれば、悪い面もある。両方揃っているから自分なのだ」と理解できることが大切です。頑張り屋の一面とだらしない一面、誠実な一面とずるい一面が同居しているのが等身大の人間であり、一方だけに固執し一方を排除しようとしても、いずれは破綻してしまいます。

他人や環境も同様です。友人や仲間のなかには、尊敬できる一面がある一方で、信じられないほど嫌な一面もある。学校や会社は「ここを選んで良かった」と思える一面もあれば、「ひどいところだ」と思わされる一面もあるものです。すべてのものは、良い面と悪い面をあわせ持っているのです。

こうして、自他と環境の良い面と悪い面を認め、それらを統合して全体として捉えることができるようになれば、いままで「悪い対象」に感じていた苛立ちや「良い自分」でいなければという切迫感から、卒業することができます。すると、いつも気持ちに余裕がなく、他人や環境の悪い面ばかりを批判し続けてきた自分からも、卒業することができるようになるでしょう。
 

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